王子様の恋人になるお仕事はじめました
 社交会が開かれたホテルを出て、屋敷へと戻ってきた。
 グレース先生のレッスンをきっかけに、わたしも弟妹もすっかり屋敷に入り浸ってしまい、自分の家よりも屋敷で過ごすことが多くなった。
 
 わたしは王子の部屋で、シェリアとの間で起こったことを話した。気持ちはすっかり落ち着いていて、冷静に話すことができた。
 
「まさかそこまでシェリアがするとは……。君になにかあったらと思うと、僕は怖くてたまらない」
「怖い? なにをですか?」
「自分をコントロールできるか、が……」

 王子は困ったように微笑すると、手を伸ばした。わたしの頬に、王子の指があと数ミリでふれるというとき……。

 硬質なノック音が響き、返事をするより早くドアが開いた。

「アルオニア、入りますよ」

 部屋に入ってきたのは、グレース先生……に、よく似ている女性。だが眼鏡をかけておらず、華やかな装いをしている。おまけに厳格な雰囲気はなく、気品に満ちた穏やかなオーラを発している。

「おばあさま。入ってくるのが早いです」

 しかめっ面をした王子に、わたしは驚きの声をあげた。

「おばあさま⁉︎」
「ええ。私はアルオニアの祖母であり、エルニシア国の女王ローズリンです」

 女王陛下の登場に絶句していると、女王の隣にいる四十代ぐらいの男性が会釈を寄越した。

「自分は女王陛下の秘書をしています、ユクセンと申します。先月、アルオニア様から大切な女性ができたとの連絡が入り、ローズリン女王はスケジュールを踏み倒して、ここに来られました。孫を思うがゆえの行動力には感服しますが、各方面に謝罪するので大変でしたよ」

 苦笑するユクセンに、ローズリン女王陛下は唇の端をあげた。

「あなたはスケジュール調整をするのが上手ですもの。暇そうにしていたから、仕事を増やしてあげたのよ。それよりも、リルエさん。まだ状況が飲み込めないの?」
「え? ええ?」
「あなたって子は、相変わらず飲み込みが遅いんだから。教育係のグレースの正体は、私です。アルオニアからあなたのことを聞いて、どんな娘なのか見に来たのです。アルオニア、あなたが選んだ女性を十分に見極めさせてもらいました」
「グレース先生が、アルオニア様の祖母で、女王陛下……」

 女王陛下の目がアルオニア王子に注がれる。私は呆然と、隣に座っている王子を見つめた。
 王子はばつが悪そうに、「リルエ、隠していてごめん」と謝罪した。

 
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