王子様の恋人になるお仕事はじめました
 女王の命令で、アルオニア王子とユクセン秘書は退出させられ、わたしだけが部屋に残った。
 ローテーブルを挟んで、ローズリン女王陛下と向き合う。

「アルオニアから、可愛い恋人ができたとの報告が入りましてね。恋愛話すら嫌がるアルオニアが選んだのはどんな娘なのか、見に来たわけです」

 王子は、なんという報告をしたんだろう⁉︎ 本当の恋人じゃないのに!!
 言いたいことは山ほどあるけれど、恋人役の仕事をしていることは話さないほうがいいだろうと思い、口を閉ざす。

「あなたの第一印象は、最悪でした。自信と教養がないことが見て取れて、これではアルオニアの恋人だと公表した際、不釣り合いだと世間に叩かれるのが目に見えていた。諦めるよう、アルオニアに話しました。けれど、私に似てあの子は頑固で。リルエと結婚できないなら、一生独身でいるだなんて言ったのです。それで、私が折れましてね。王室に入るにふさわしい人物になれるのか見極めるために、レッスンを施したというわけです」
「レッスンにそのような意図があったなんて……」

 グレース先生の厳しいレッスンには裏があった。
 驚いて目を丸くしていると、女王は呆れたように息を吐いた。

「なにを驚いているんです? まさか、全然怪しんでいなかったの?」
「怪しむ? なにをですか?」
「サイリス国で行われる社交会なのだから、エルニシア語を学ぶ必要はないでしょう? なぜ、エルニシア王室の勉強をしたと思います?」
「えっと、エルニシア語の語彙力を増やすためですか?」
「そんなもの日常会話でよく使う語彙で十分。王室関係者と話す際に困らないよう、専門用語と王室の歴史の勉強をしたのです」
「信じられない……」
「それは私の台詞です。あなたって子は、素直と言うべきか、騙されやすいと言うべきか。ですが……」

 女王は一旦言葉を切ると、穏やかな目をして微笑んだ。

「最初はグダグダで、見込みがあるようにはとても思えなかった。けれど、あなたは諦めなかった。必死に食らいつき、私が与えた課題を次々にクリアしていった。あなたには、目標に向かって突き進む芯の強さがある。なによりも、心が真っ直ぐで美しい。アルオニアの祖母として、そして、エルニシア国の女王として、リルエさんをアルオニアの恋人として認めましょう」
「あ、ありがとう、ございま……」

 感激が胸いっぱいに広がって、言葉が震える。すると、間髪入れずに女王の叱咤が飛んだ。

「なぜここでつっかえるのです! 語尾が消えましたよ! やり直しです。謝辞は相手に伝わらないと意味がありません」
「すみませんっ! 先生には勉強以外にも、人として大切なことをたくさん教わりました。わたしを見捨てずにご指導くださって、感謝しています。ありがとうございました!!」 
「私は、王室の未来をアルオニアに託したいと考えています。そのアルオニアがあなたじゃないと嫌だと言うのですから、あなたをどうにかするしかないでしょう? 困ったものです」

 口では困ったと言いながらも、目は笑っている。教育者グレースとは違って、ローズリン女王陛下は慈愛に満ちている。

「卒業式を終えたらエルニシア国へ来なさい。私よりも手ごわい人間ばかりよ」
「え? エルニシア国に?」

 わたしは意味がつかめず、ポカンとしてしまった。


 
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