王子様の恋人になるお仕事はじめました
ローズリン女王陛下が帰ってから、わたしはアルオニア王子と二人で話した。
「グレース先生の正体を、どうして教えてくれなかったのですか?」
「口止めされていてね、すまなかった。両親が恋人候補をしつこく勧めてきて、それでつい、おばあさまに彼女がいるのだと言ってしまった。まさか、リルエを見極めるために来るとは思ってもいなかった。恋人役のせいで、君にはたくさんつらい思いをさせてしまって申し訳ない」
王子の顔色が悪い。
女王陛下がグレースに成りすましたことに不貞腐れる気持ちが少しあって、それが顔に出ているのかもしれない。王子を責める気なんて全然ないのに……。
慌てて笑顔を作る。
「驚きましたけれど、でも大丈夫です」
社交会の緊張やシェリアとの言い争い。グレースの正体。
今日はいろんなことがあって、心身ともに疲れていた。だから頭がうまく回らなくて、大切なことを聞き流してしまったけれど……女王陛下の話を振り返ると、頬が熱くなる。
女王は、こう言った。
——アルオニアから、可愛い恋人ができたとの報告が入りましてね。
——リルエと結婚できないのなら、一生独身でいるだなんて言うのです。
——アルオニアが、あなたじゃないと嫌だと言うのです。
これらがアルオニア王子の本当の気持ちなら、すごく嬉しい。
けれど王子の暗い顔を見ていると、嬉しい言葉の数々が、女性避けのために口にしただけなのでは……と勘繰ってしまう。
王子は口を閉ざし、考えに耽っている。その考えが良くないものであるのは、沈んだ表情を見ればわかる。
場の空気を変えたくて、わたしは明るい声を出した。
「今日はいろいろありましたけれど、でも、わたしみたいな下流階級の人間が、アルオニア様と一緒にいられるなんて、十分すぎるほどに幸せです」
「僕は……」
続きの言葉を、待つ。
本当の恋人になりたい——。そう言ってほしい。
生まれて一度も外国に行ったことがないけれど、好きな人のためなら、エルニシア国に行ける。どんな困難が待っていようとも、乗り越えていきたい。
「僕は、君に……」
王子はためらいを振り払うかのように頭を緩く横に振ると、重い口を開いた。
「君に、恋人役の仕事を頼んだことを後悔している。こんな出会い方、するべきじゃなかった……」
「どうして、そんなこと……」
目の前が真っ暗になる。
王子は、わたしと出会ったことを後悔している? それはつまり……恋人役以上の気持ちはないということ? わたしはアルオニア王子の恋人としても、将来の結婚相手としても、相応しくない?
「でも、わたしは……」
口の中がカラカラに乾いて、うまく言葉が出てこない。
——それでもわたしは、アルオニア様が好きです。
こぼれてしまいそうな想いを伝えたい。けれど、拒絶されるのが怖い。
曖昧なままで終わらせたくて、わたしは明るく笑った。
「それでもわたしは、最後まで恋人役を頑張ります。よろしくお願いします!!」
ふわっと涙が迫り上がり、足早に部屋から出る。
部屋の扉が閉まる寸前、「くそっ!」という怒声と、壁を叩く音が聞こえた。
「グレース先生の正体を、どうして教えてくれなかったのですか?」
「口止めされていてね、すまなかった。両親が恋人候補をしつこく勧めてきて、それでつい、おばあさまに彼女がいるのだと言ってしまった。まさか、リルエを見極めるために来るとは思ってもいなかった。恋人役のせいで、君にはたくさんつらい思いをさせてしまって申し訳ない」
王子の顔色が悪い。
女王陛下がグレースに成りすましたことに不貞腐れる気持ちが少しあって、それが顔に出ているのかもしれない。王子を責める気なんて全然ないのに……。
慌てて笑顔を作る。
「驚きましたけれど、でも大丈夫です」
社交会の緊張やシェリアとの言い争い。グレースの正体。
今日はいろんなことがあって、心身ともに疲れていた。だから頭がうまく回らなくて、大切なことを聞き流してしまったけれど……女王陛下の話を振り返ると、頬が熱くなる。
女王は、こう言った。
——アルオニアから、可愛い恋人ができたとの報告が入りましてね。
——リルエと結婚できないのなら、一生独身でいるだなんて言うのです。
——アルオニアが、あなたじゃないと嫌だと言うのです。
これらがアルオニア王子の本当の気持ちなら、すごく嬉しい。
けれど王子の暗い顔を見ていると、嬉しい言葉の数々が、女性避けのために口にしただけなのでは……と勘繰ってしまう。
王子は口を閉ざし、考えに耽っている。その考えが良くないものであるのは、沈んだ表情を見ればわかる。
場の空気を変えたくて、わたしは明るい声を出した。
「今日はいろいろありましたけれど、でも、わたしみたいな下流階級の人間が、アルオニア様と一緒にいられるなんて、十分すぎるほどに幸せです」
「僕は……」
続きの言葉を、待つ。
本当の恋人になりたい——。そう言ってほしい。
生まれて一度も外国に行ったことがないけれど、好きな人のためなら、エルニシア国に行ける。どんな困難が待っていようとも、乗り越えていきたい。
「僕は、君に……」
王子はためらいを振り払うかのように頭を緩く横に振ると、重い口を開いた。
「君に、恋人役の仕事を頼んだことを後悔している。こんな出会い方、するべきじゃなかった……」
「どうして、そんなこと……」
目の前が真っ暗になる。
王子は、わたしと出会ったことを後悔している? それはつまり……恋人役以上の気持ちはないということ? わたしはアルオニア王子の恋人としても、将来の結婚相手としても、相応しくない?
「でも、わたしは……」
口の中がカラカラに乾いて、うまく言葉が出てこない。
——それでもわたしは、アルオニア様が好きです。
こぼれてしまいそうな想いを伝えたい。けれど、拒絶されるのが怖い。
曖昧なままで終わらせたくて、わたしは明るく笑った。
「それでもわたしは、最後まで恋人役を頑張ります。よろしくお願いします!!」
ふわっと涙が迫り上がり、足早に部屋から出る。
部屋の扉が閉まる寸前、「くそっ!」という怒声と、壁を叩く音が聞こえた。