王子様の恋人になるお仕事はじめました
 美貌の青年騎士が王子の側に来ました。

「有力貴族の令嬢たちが、マッコンエル王子と踊るのを待っています。貴族連中のご機嫌をとるのも、王子の役目であることをお忘れなく」
「だが俺は、この娘が気に入った」

 銀髪の青年騎士はリルエをチラリと見ると、不快そうに眉をひそめました。

「貴族図鑑に載っていない女性に時間を割くべきではありません。宰相の娘であるシェリア嬢がお待ちです。あなたの後ろ盾になっている名家を蔑ろにしてはいけません」
「お前まで口うるさいことを言うな。俺には息抜きが必要なんだ」
「息抜きは後日にすべきです。今夜は、王子の結婚相手を探す場。地位の低い女性といる場合ではありません」
「ったく。身分とは面倒なものだ」

 マッコンエル王子は歯ぎしりをすると、リルエの耳許で囁きました。

「舞踏会の後、俺の部屋に案内してあげる。二人っきりで話をしよう」

 王子の部屋で、二人っきりで話を?
 リルエは怖くなって、会場を抜け出して庭に出ました。すると、銀髪の青年騎士もついてきます。

「一人では寂しいだろう? 側にいてやる」
「寂しくなどありません」
「この城には幽霊が出るという噂だ。幽霊と遊びたいのか?」
「嫌です!」
「僕は騎士だ。守ってやる」

 青年騎士は胸元からハンカチーフを取り出すと、ベンチの上に広げました。

「座るといい。ダンスをして疲れただろう」

 ガラスの靴は美しいけれど踊るには適しておらず、リルエは踵を痛めていました。
 座ろうとして……上等な絹のハンカチーフを汚してはいけないと思い、リルエはハンカチーフを避けて座りました。

「なぜハンカチーフの上に座らない?」
「きゃっ!」

 青年騎士はリルエを軽々と抱き上げると、ハンカチーフの上に座らせました。
 逞しく親切な男性。けれど無愛想。冷ややかな目をし、口を真横に結んでいます。
 一緒にいるのに気まずさを覚えたリルエは、立ち上がりました。

「門限があるので、帰ります」
「待て! 名前を聞きたい。あと、どこに住んでいるかも教えてくれ」 
「なぜです?」
「それは……どうしても、その必要があるからだ」
「貴方様のご親切には感謝しますが、わたしが舞踏会に来ることはもうないでしょう。会うのはこれで最後です。名前と住まいを知る必要はないと思います」
「最後になどしたくない」

 リルエには、彼がなぜうっすらと目元を染めているのか分かりません。
 
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