この度、元カレが義兄になりました
第1話 元カレが義兄になりました
〇放課後・教室《中学時代の回想》
二人きりの教室で向かい合う、中学生の陽菜と伊月。
伊月『俺、菊池さんのことが好きなんだ』
陽菜(う、うそ……!)
緊張した面持ちで告白してくれた伊月に、驚きと感激で口元を手で覆う陽菜。
伊月『菊池さんが良ければ、俺と付き合ってくれないか?』
陽菜『……っ、はい』
陽菜モノローグ【中学2年生の1月。ずっと好きだった佐野くんに告白された。】
【だけど……幸せは、長くは続かなかった。】
〇2ヶ月後の3月。放課後・教室
伊月『……俺たち、別れようか』
二人きりの教室。辛そうな表情で別れを告げると、伊月は陽菜に背を向け教室から出ていく。
陽菜M【3月。中学2年生が終わるのと同時に、私たちのお付き合いも終わりを迎えた。】
【あれから2年。高校1年生になった今でも私は、密かに佐野くんのことを想い続けている。】
〇現在、自宅の玄関(朝)
高校のカバンを肩に掛け、ブレザー姿の陽菜が、ローファーを履いているところ。
・菊池 陽菜 : 肩下までの黒髪ストレートヘア。身長150cmと小柄で、小動物っぽい可愛らしい雰囲気。
陽菜の母「あのね、陽菜。今日、あなたに大事な話があるから。学校が終わったら、なるべく早く帰ってきてくれる?」
陽菜「……? うん、分かった。行ってきます」
大事な話って何だろうと首を傾げながら、陽菜は家を出た。
〇高校。1年4組の教室
陽菜(あっ。佐野くん、また女の子に囲まれてる。ほんとモテるなぁ……)
登校してきた陽菜が教室に入ると、窓際の一番後ろの席の男子の周りにだけ人(主に女子)がたくさん。
女子1「佐野くん、おはよぉ」
女子2「ねえねえ、伊月くん。昨日のドラマ見たー?」
伊月「……見てない」
女子に話しかけられるも、顔は窓の外に向けたまま、そっけなく答える伊月(※黒髪短髪)
陽菜M【佐野 伊月くん。基本女子には無愛想だけど、イケメンで成績優秀。バスケ部エースの彼は、私の元カレだ。】
【中学2年生の頃、憧れの佐野くんから告白されて本当に嬉しかった。】
【人気者の佐野くんの彼女になれて、学校のみんなから羨ましがられたし、それと同時に女子から妬まれた。】
女子3『なんで、あんな地味な子が佐野くんの彼女なの?』
女子4『全然、釣り合ってないじゃん』
中学時代。二人で一緒に下校する伊月と陽菜を見て、女子が陰口を言う回想。
陽菜M【あの頃は、自分に自信が持てなくて。かっこいい佐野くんの彼女が、なんの取り柄もない地味な私でいいのかな? って、ずっと思ってた。】
【それに加えて、私は好きな人の前だといつも緊張して上手く話せなかったから。】
【いつしか私たちの間には、距離ができてしまって。佐野くんと話したり、一緒に帰ることも次第になくなっていった。】
陽菜(佐野くん、今日もかっこいいな。)
教室で女子に囲まれる伊月を、こっそり見つめる陽菜。
陽菜(イケメンで女子から人気者のあの佐野くんが、たった2ヶ月だけでも私と付き合っていたとかほんと夢みたい)
しばらく陽菜が伊月を見ていると、彼とバチッと目が合ってしまった。
しかし、すぐに伊月のほうからふいっと逸らしてしまう。
それを見た陽菜は、胸がチクッと痛む。
陽菜(ああ……こんな地味でおとなしい私が、一瞬でも佐野くんの彼女だったなんて!)
(今となってはきっと、佐野くんの黒歴史だよね)
〇休み時間・職員室前
この日陽菜は日直で、数学の先生に頼まれて授業で回収した課題プリントを教室から職員室まで持ってきた。
ガラッと陽菜が職員室の扉を開けたとき、扉の先にいた人に思いきりぶつかってしまう。
陽菜「きゃっ……!」
陽菜の足元がふらつき、持っていたプリントが宙を舞う。
そして転びかけた陽菜の身体を、目の前のしっかりとした腕が支えてくれた。
陽菜(えっ)
陽菜が見上げると、ぶつかった相手は伊月だった。
陽菜は目を見開き、慌てて身体を離す。
陽菜「ご、ごめんなさいっ!」
どうにか謝るも、陽菜は伊月の目を見られずうつむいてしまい、気まずい雰囲気。
付き合っていたときは、緊張して上手く話せなかったが、別れて2年になる今でも伊月と話すときは目を見れないし緊張する陽菜。
伊月「……はい」
先ほどぶつかった拍子に床に散らばったプリント数枚を、伊月が拾って渡してくれる。
陽菜「あっ、ありがとう」
陽菜は視線を彼から逸らしたままプリントを受け取り、何とかお礼を言う。
伊月「……別に」
陽菜(佐野くん。そっけないけど、何だかんだ優しいな)
無表情のままスタスタと歩いていく伊月の背中を、陽菜は切なげな表情で見つめる。
陽菜M【中学の頃、クールな佐野くんが楽しそうにバスケするところを見て一目惚れして以来、ずっと彼が好きだった。】
・バスケ部のユニフォーム姿の伊月が、体育館でバスケをする絵。
陽菜M【未練がましいかもしれないけど。別れた今でも、私は佐野くんのことが好き。】
【一度は佐野くんの近くまでいけたのに、今は距離が遠い。また前みたいに、ほんの少しでも彼に近づけたら良いのに。】
【でも、2年前と何ひとつ変わらない私が、佐野くんと仲良くなれるなんてことはもうないんだろうな。】
【だから……こうして学校で、佐野くんを見ていられるだけで今は十分。】
〇放課後。陽菜の自宅(一般的な7階建てのマンション)
陽菜「ただいま〜」
陽菜の母「あっ。おかえり、陽菜」
帰宅すると、玄関で母が出迎えてくれた。
陽菜「あれ? お母さん、今日はお仕事は休みだったの?」
陽菜の母「ええ。だから、陽菜に大事な話があるって言ってたでしょう?」
陽菜(あっ。そういえば!)
今朝の母との会話が、陽菜の頭に浮かぶ。
制服から私服に着替えた陽菜が、リビングで母と向かい合って座る。※テーブルを挟んで正座
陽菜「それで? 大事な話ってなに?」
陽菜の母「あのね。実はお母さん……再婚しようと思ってるの」
陽菜「えっ、再婚!?」※目を大きく見開いて
陽菜の家は、陽菜が幼稚園の頃に父が病死してから母の翔子との二人暮らし。
10年間、母が女手一つで陽菜を育ててきてくれた。
・幼い陽菜が母と自転車に乗る練習をしたり、二人で遊園地に行ったりする絵。
陽菜(最近のお母さんは、前より楽しそうだから。なんとなく、交際している人がいるんだろうなとは思っていたけど……。)
陽菜の母「相手は今の職場の上司なんだけど、とっても優しい人でね。陽菜さえ良かったら、一度光佑さんに会ってみて欲しいんだけど……どうかな?」
陽菜(お母さんが付き合ってる人、光佑さんっていうんだ。お母さんが選んだ人なら、きっと良い人に違いない。)
陽菜「うん。私も、光佑さんに会ってみたい!」
陽菜の母「それじゃあ、さっそく光佑さんにも伝えておくわね」
陽菜(お母さんの彼氏さんって、一体どんな人なんだろう……?)
〇週末。某ホテル内のオシャレなレストラン
母の交際相手との顔合わせにやって来た陽菜。
陽菜が母と座って待っていると、しばらくして交際相手がやって来た。
光佑「翔子さん! ごめん、待たせたね」
光佑 : 黒縁メガネにスーツ姿の40代男性
陽菜の母「ううん。私たちも、今来たところだから」
母とともに席から立ち上がり、光佑の隣に立つ人(伊月)を目にした瞬間、陽菜は固まった。
陽菜「……ええっ!? う、うそ。佐野くん!?」
伊月「は? なんで菊池さんがここに……」
陽菜の母「えっ。もしかしてあなたたち、知り合いなの?」
陽菜「う、うん。同じ高校のクラスメイト……」
それから4人掛けのテーブル席に母と並んで座るも、緊張した面持ちの陽菜。
陽菜の目の前には、伊月が座っている。
光佑「初めまして、陽菜ちゃん。僕は、佐野光佑といいます。そして、こっちは息子の伊月」
伊月「……」※気まずそうな表情
陽菜「はっ、初めまして、陽菜です。いつも母がお世話になってます」軽くお辞儀する。
陽菜(でも……まさか、お母さんの再婚相手の息子さんが佐野くんだったなんて。びっくりだよ……)※ちらっと伊月を見る。
陽菜の母「それにしても驚いたわ。陽菜と伊月くんが、同じ高校のクラスメイトだったなんて。すごい偶然ね〜」
光佑「本当だね。誕生日は伊月のほうが先だから、お兄ちゃんかな?」
ニコニコと話す親たちとは違い、陽菜と伊月は戸惑いを隠せない様子。
陽菜(何日か前に、ほんの少しでも佐野くんに近づけたら良いのになとは思ったけど。)
(まさか、元カレが義理の兄になるだなんて……そんなことある!?)
※状況を飲み込めない陽菜の目には、薄らと涙。
光佑「翔子さん。もしかしたら、運命って本当にあるのかもしれないね」
陽菜の母「やだわ、光佑さんったら。子どもたちの前で、恥ずかしい……」
陽菜(ふふ。お母さん、嬉しそうだなぁ)
光佑と笑顔で話す母を見て、陽菜は目を細める。
それからしばらく、たわいもない話をする4人。伊月は終始無言だが、光佑と話すうちに陽菜は緊張が少しずつ解れてきた。
光佑「陽菜ちゃん、伊月。僕は、翔子さんと一緒になりたいと思ってる。だけど、もし陽菜ちゃんや伊月が嫌っていうのなら……」
陽菜(お父さんが亡くなってからのこの10年間、お母さんは朝から晩まで働いて、ご飯も毎日作ってくれて。私をここまで育ててくれたから。お母さんには、幸せになって欲しい)
(だから……私と佐野くんのことで、お母さんの幸せを奪ったらダメだ。)
陽菜「あっ、あの……」
陽菜は席から立ち上がり、勇気を振り絞って口を開く。
陽菜「光佑さん、私は再婚に賛成です。これから母のことを、どうぞよろしくお願いします」ペコッと頭を下げる。
陽菜はどことなく実父と似た雰囲気の優しい光佑なら、母を任せられると思った。
そして、父の幸せを願っていた伊月も同じく再婚を了承する。
光佑「ありがとう、二人とも!」
陽菜の母「ありがとう、陽菜。伊月くんもありがとうね」
伊月「……いえ」※照れくさそうに、翔子から視線を逸らす。
陽菜の母「それでね、光佑さんと前から二人で話していたことがあるんだけど……」
話していたこと? と、首を傾げる陽菜。
〇数週間後の3月下旬。高校1年の春休み。
佐野家の玄関(二階建ての一軒家)
親の入籍はまだ少し先だが、再婚前にお試しで一緒に住んでみようということになった。
・先日のホテルで、翔子と光佑が子どもたちに『二人が良ければ一緒に住もう』と話す回想シーン。
そして、春休みのこの日は陽菜と母が佐野家に引っ越す日で、家の中に荷物の入ったダンボールを運んでいるところ。
伊月「菊池さん、貸して。重いものは、俺が運ぶから」
家に向かってふらつきながら重いダンボールを運んでいた陽菜の手から、ダンボールをそっと横から奪う伊月。
陽菜「あ、ありがとう」
陽菜(佐野くん、やっぱり優しいな)
伊月「いいよ。それより……」
陽菜の耳元に、伊月の唇が近づく。
何を言われるのだろうと、陽菜はドキドキ。
伊月「あのさ、分かってると思うけど。俺たちが付き合っていたことは、父さんたちには絶対言うなよ」(ボソリと)
陽菜「う、うん。もちろん! これまでもこれからも、親には言わないよ」
伊月の冷たい声に、陽菜の背筋がヒヤリとする。
伊月「そう。なら良いけど」
ダンボールを持ってさっさと歩いていく伊月の後ろ姿を、不安そうな表情で見つめる陽菜。
陽菜(ああ……まさか、親の再婚で元カレの佐野くんと一緒に住むことになるなんて。全く思ってもみなかった。)
(これから私、兄妹として佐野くんとうまくやっていけるのかな……。)