この度、元カレが義兄になりました
第3話 今でも君が好き
〇自宅・伊月の部屋の前(夜)
伊月『お風呂から出たら、俺の部屋に来てくれる?』(前話の回想)
入浴後、伊月に部屋に来るように言われた陽菜は、二階の彼の部屋へとやって来た。
陽菜(伊月くんに言われたとおりに来たけど……。一体、何の用なんだろう?)
陽菜が伊月の部屋に来るのは初めて。
緊張から部屋の扉を叩くのをしばし躊躇したあと、陽菜はようやくノックする。
──コンコン。
陽菜がノックすると、すぐに扉が開いて伊月が顔を出す。
伊月「陽菜! ありがとう、来てくれて。さあ、入って」
陽菜「お、お邪魔します……」
緊張した面持ちで、伊月に続いて彼の部屋に足を踏み入れる陽菜。
伊月「座って?」
陽菜「う、うん」
伊月に促され、陽菜がソファに腰をおろす。
陽菜(伊月くんの部屋は、今日初めて来たけど……)※部屋をぐるっと見回す。
伊月の部屋は全体的に物が少なく、モノトーンのシンプルな家具が並ぶ。
バスケットボールや、テレビの横にはゲーム機が置かれていて男子っぽい部屋。
陽菜(やっぱり、男の子の部屋って感じだなぁ。)
そう思うと、余計にドキドキする陽菜。
陽菜「それで? 伊月くん、私に何か用?」
伊月「ああ。用っていうか、その……良かったら今夜、俺と一緒に夜更かししない?」
陽菜「へ?」
陽菜(よ、夜更かし!?)
予想外の言葉に、ポカンとする陽菜。
伊月「明日で、春休みも終わりだろ? 明日は俺も部活休みだし。堂々と夜更かしできるのは、今日だけだから」
陽菜(なるほど!)
伊月「せっかくだし、俺とちょっとだけ悪いことしない?」
ポップコーンとチョコレートのお菓子の袋を両手に掲げ、ニヤリと笑ってみせる伊月。
伊月「これ、二人で食べようよ」
陽菜(ふふ。こんなふうに笑う伊月くんは初めて見たかも。)
(クールで真面目そうに見える伊月くんでも、こういうことを言うんだなぁ。意外!)
陽菜「うん、いいね! 食べよう」
陽菜は、伊月にこうして誘ってもらえたことが何より嬉しかった。
陽菜と伊月は、コーラをグラスに注いで乾杯する。
陽菜「ふふ。夜遅くにお菓子を食べるなんて、普段しないから。なんだかイケナイことをしてるみたい」
・小学生の頃、夜中に部屋でこっそりお菓子を食べていたら母に見つかり、『寝る前に、お菓子なんて食べたらダメ!』と叱られる陽菜。
ポップコーンを口に運びながら当時を思い出し、陽菜はくすりと笑う。
陽菜「子どもの頃、夜寝れなくて部屋でコソコソお菓子食べてたら、お母さんに怒られたなぁ」
伊月「俺もだよ。でも、こんな時間に食べるお菓子も悪くないな」
部屋の壁時計は、もうすぐ0時になるところ。
お菓子を食べながら配信の映画を観ようと伊月に言われ、二人はテレビの前の黒のソファに並んで座る。
ソファは二人用のため、伊月と肩が触れそうな距離にドキドキする陽菜。
陽菜(あれ、この映画……)
※タイトルを見て、ハッとする。
伊月が選んだ映画は、少女漫画が原作の高校生の青春ラブストーリー。
実はこの映画は、付き合っていた中学2年の頃、伊月と陽菜が二人で観に行こうと話していたものだった。
しかし、映画の公開前に二人は別れてしまったため、約束は果たせなかった。
陽菜(楽しみにしてたけど行けなくて。それからずっと、残念に思っていたんだよね。)
伊月「この映画、最近配信が始まっただろ? だから、陽菜と一番に観たいなと思って」
陽菜「えっ。伊月くん、映画館で公開されたとき、他の人と観に行ったんじゃないの?」
伊月「行ってないよ。陽菜と約束してたから。もし観るときは、絶対に陽菜とって思ってた」
陽菜(そうだったんだ。てっきり、もう観たのだとばかり思ってたから……嬉しい)
陽菜との映画の約束を果たせず、伊月もずっと気がかりだった。
陽菜(夜更かしと言いつつ、一番の目的はもしかして私とこの映画を観ることだったのかな?)
(それにしても伊月くん、ずっと覚えていてくれたなんて……)
陽菜「ありがとう」
ニッコリ微笑む陽菜に、伊月は照れたように頬を赤らめる。
伊月「そ、そろそろ始まるから観ようぜ」
それから、映画に集中する二人。
高校のバスケ部の女子マネージャーと男子部員の恋愛模様を描いた映画は、前編と後編の二部作。
映画は後編に突入し、中盤に差し掛かかる頃、伊月の肩にコテンと陽菜の頭がのってきた。
伊月「!」
驚いた伊月が顔を覗き込むと、陽菜はまぶたを閉じていた。
伊月(まさか、映画の途中で寝てしまうなんて)
陽菜との思わぬ密着に、内心ドキドキ。
伊月(でも、深夜の3時を過ぎてるし。無理もないか)
陽菜の寝顔を、愛おしげに見つめる伊月。
伊月(寝顔……可愛いな)
優しく微笑みながら、伊月は陽菜の頭をそっと撫でる。
伊月(陽菜に面と向かって言うことはないけど……俺は、今でも陽菜のことが好きだ。)
(別れてからも俺にとって陽菜は、ずっと特別な女の子だった。)
〈伊月の回想〉
伊月モノローグ【俺は、どちらかというと女子が苦手だ。そうなった原因はおそらく、幼い頃に父と離婚して家を出て行った実の母親にある。】
【男癖が悪い母は、父が仕事でいない平日の昼間に、家によく浮気相手の男を連れ込んでいた。】
○幼稚園時代。佐野家のリビング
伊月の母『ねえ、あっく〜ん。キスしてぇ?』
リビングのソファに並んで座る男の腕を組み、猫みたいにすりすりと甘える母。
※母と浮気相手の男がキスするところを、5歳くらいの伊月が離れたところから見ている。
伊月M【真面目な父といるときはいつもそっけない母が、他の男の前では随分とめかしこんで。可愛こぶって甘えたり、猫なで声で話しているのを見て、子どもながらにショックだった。】
【そんな母を見ていたからか、いつの間にか俺は女の人が苦手になっていた。】
〈中学時代の回想〉
○教室、ある日の休み時間
クラスの女子1『ねえねえ、伊月くーん♡』
クラスの女子2『うちらと話そうよー?』
伊月『……』
伊月の席にやって来たギャルっぽい見た目の女子二人に両サイドから話しかけられるも、伊月は相手にしない。
幼い頃に見た実母のように、可愛こぶっていたり自分に言い寄ってくる女子が、伊月は特に苦手だった。
伊月「……だけど、陽菜は違ったんだよな」
現在のシーンに戻り、伊月が自分の肩に頭をのせて眠り続ける陽菜の隣でぽつりと呟く。
〈中学時代の回想に戻る〉
〇中学校の教室。休み時間(さっきの続き)
両サイドから話しかけてくるギャルを無視し、ちらっと教室の扉のほうに目をやる伊月。
伊月(……あっ!)
すると、扉の近くの席に座るクラスメイトの陽菜と目が合った。しかし、すぐに陽菜のほうから目を逸らされてしまう。
伊月(……なんだ、あの子)
ニコリともしない陽菜に、つい眉を寄せる。
※この頃から陽菜はすでに伊月のことが好きだったため、彼のことをよく見ていた。
しかし、彼と目が合っても照れくさくてすぐに目を逸らす。
自分の席で頬杖をつきながら、友達と話す陽菜を見つめる伊月。
伊月M【他の女子なら、俺と目が合うと嬉しそうに手を振ってきたりして、あからさまに喜ぶのに。陽菜だけは違ったから、そこで初めて俺は彼女に興味をもった。】
【だけど、教室でもあまり目立たない陽菜は、この頃の俺にとってはただのクラスメイトに過ぎなかった。】
〇数週間後の放課後。学校の廊下
伊月『やっべ。教室にバッシュ忘れた!』
バスケ部の伊月が、教室にバッシュを置いたままだったことに気づき、教室に向かって走っている。
自分の教室の前まで走ってきたとき、伊月は教室の中から女子の笑い声がすることに気づいた。
伊月(えっ。菊池さん……?)
そっと開けた教室の扉の向こうに見えたのは、女友達と楽しそうに笑っている陽菜の姿。
陽菜『あははっ。何それ〜!』
普段は控えめでおとなしいイメージだった陽菜が、歯を見せて笑うところを初めて見た伊月。
伊月(へぇ。菊池さん、あんなふうに笑ったりするんだ。無邪気な笑顔……いいな。)
伊月M【このとき初めて見た陽菜の笑顔に惹かれた俺は、それ以来彼女のことを自然と目で追うようになった】
・教室の花瓶の水を替える陽菜
・お喋りする生徒がいるなか、真面目に黙々と教室の掃き掃除をする陽菜
伊月M【陽菜は当番でもないのに、毎朝教室の花瓶の水を交換していたり。みんなが面倒くさそうにする掃除も、誰よりも一生懸命頑張っていて。
見返りを求めたり、変に媚びたりすることもなく、真面目でいい子だなと思った。】
伊月M【そんな彼女を見ていると、胸の鼓動が速くなって。気づいたときには、好きになっていた。】
【あの子の笑顔を、そばで見たいと思うようになっていたんだ。】
【だから、中学2年の1月のあの日。俺は勇気を出して、陽菜に告白した。】
伊月『俺、菊池さんのことが好きなんだ』
〈二人きりの教室で伊月が陽菜に告白する、第1話冒頭の回想シーン。〉
伊月M【陽菜にダメ元で告白したら、まさかのOKで。すごく嬉しかった。】
【それからは教室で話したり、俺の部活がない日は陽菜と一緒に帰るようになった。】
伊月M【だけど、俺といるときの彼女はいつもうつむいてて。話しかけるのは、いつも俺ばかり。陽菜は自分からはほとんど喋らない。】
【帰り道に一度勇気を出して陽菜の手を繋いでみたけれど、すぐに振りほどかれてしまった。】
※実際は、緊張して手にかいた汗を気にしてしまい、陽菜は手を振りほどいてしまっただけ。
しかし、そんなことなど知らない伊月は拒否されたと思い深く傷つく。
伊月M【陽菜があまりにも喋らないから。次第に、俺といても楽しくないのかな? と思うようになっていった。】
【俺の好きな陽菜の笑顔も、付き合うようになってからは一度も見たことがなくて。笑うどころか、彼女は困ったような顔ばかりする。】
【俺は、陽菜にそんな顔をさせたくて付き合ったんじゃない。ただ、そばで陽菜の笑顔が見たかっただけのに……。】
手を振りほどかれて以来、伊月は陽菜の手を繋ぐこともなくなり、二人の間には少しずつ距離ができていった。
伊月『……俺たち、別れようか』
そして伊月は悩んだ末、付き合って二ヶ月になる頃、陽菜に別れを告げたのだった。
〈回想終了〉※現在のシーンに戻る。
伊月は眠る陽菜を横抱きにして陽菜の部屋まで運び、起こさないようにベッドに降ろす。
伊月「ほんと、ぐっすり眠ってる……無防備だな」
深い眠りに入り込んでいる陽菜に、伊月は布団をかける。
伊月「寝るってことは、それだけリラックスしてるってことだろうから。それはそれで嬉しいけど……ちょっと複雑だな」
伊月(陽菜は俺のこと、男として意識していないのかなって。)
伊月(でも、辛そうな顔ばかりしていた中学のあの頃よりもずっといい。)
陽菜を見つめながら、微笑む伊月。
伊月(最近は、陽菜も自分から俺に少しは話してくれるようになったし)
(もしかしたらそれは、今の俺の立場が陽菜の兄だからなのかもしれないけど)
伊月はベッドの脇に腰掛け、陽菜の顔にかかっている髪を避けてやる。
伊月「だけど、いくら俺が兄だからって。男と二人のときはもう少し危機感を持たないと」
伊月は陽菜のおでこに顔を近づけ、チュッと軽くキスを落とす。
そして、慌ててベッドから立ち上がった。
伊月(やば。昔のことを思い出したり、陽菜の可愛い寝顔をずっと見てたら、好きって気持ちがせり上がってきてつい……!)
そして、ちらっと陽菜を見やる。
伊月(あのときは、陽菜が嫌いで別れた訳じゃなかったから。今もまだ好きだけど……妹のことを好きとか、さすがにまずいよな。)
伊月「俺、これからちゃんと陽菜の兄貴になれるかな」(ぽつりと)