この度、元カレが義兄になりました
第4話 助けられてドキドキ
〇高校2年の初日の朝。佐野家の玄関
伊月「陽菜」
支度を終えて家を出ようとしていた陽菜が、伊月に呼び止められた。
陽菜「どうしたの?」
伊月「あのさ、確認なんだけど。学校では、俺らが同居してることや、兄妹になることは秘密にしておいたほうが良いかと思って」
陽菜「うん、そうだね」
陽菜(女の子から人気者の伊月くんと、同居してることがバレたら大変そうだし)
伊月「陽菜、変に注目を浴びたり冷やかされたりするのは嫌だろ?」
陽菜「う、うん。できれば……学校では、今まで通りに過ごしたい」
自分の性格を分かってくれている伊月に、陽菜は嬉しくなる。
伊月「分かった。それじゃあ、学校では秘密ってことで」
先に家を出た伊月と少し時間をあけて、陽菜も家を出た。
〇高校。廊下の掲示板前
始業式のこの日はクラス替えがあり、新しいクラス表が貼られた掲示板の前には人だかりができている。
・友達と同じクラスになれて喜ぶ生徒。
反対に、クラスが離れて悲しむ生徒の絵。
陽菜(うう。見えないよ……)
身長150cmの陽菜は、前に立つ人の頭で掲示板が全く見えない。
それでもどうにかクラス表を見ようと、陽菜は頑張って背伸びをしたり、ぴょんぴょんと飛び跳ねたりする。
男子「ぷっ!」
そんな陽菜を見ていた隣の男子が、堪えきれないといった様子で吹き出した。
陽菜「え?」
それに気づいた陽菜は、隣に立つ男子のほうに目をやる。
すると、長身で髪をミルクティー色に染め、制服も軽く着崩したチャラい風貌の男子がクスクスと笑っていた。
陽菜(わ! この人、すごいイケメン!)
彼のかっこよさに一瞬ときめくも、自分を見て笑い続ける男子に陽菜はムッとする。
陽菜「えっと……あの、私何かしましたか?」
男子「いや……ぴょんぴょん飛び跳ねて。君、なんかうさぎみたいで可愛いなって思って」
陽菜「え? う、うさぎ!?」※うさぎになった陽菜のデフォルメ絵
陽菜(しかも、可愛いって……!)
男子の言葉に、陽菜はポポッと頬が一瞬で赤くなる。
男子「ねえ、うさぎちゃん。君の名前は?」
陽菜「え?」
男子にいきなり名前を聞かれた陽菜は、目をパチパチさせる。
男子「俺が、君の代わりに何組か見てあげるよ」
陽菜(あっ、なるほど!)
陽菜は名前を伝え、男子に新しいクラスを見てもらう。
男子「えっと……うさぎちゃんは、2年3組だね」
背の高い彼は、背の低い陽菜と違い楽々と掲示板が見えた。
陽菜「あっ、ありがとうございます」
男子「どういたしまして」
陽菜は男子にお礼を言うと、2年3組の教室に向かった。
○2年3組の教室。生徒の数はまばら
陽菜が教室に着くと、ひとつの席の周りにだけ人が集まっていることに気づく。
女子1「私、佐野くんと初めて同じクラスになれて嬉しい〜」
女子2「あたしもー!」
女子3「伊月くん、よろしくねぇ」
女子たちに囲まれて顔は見えないが、彼女たちの会話から、伊月も同じクラスなのだと分かり自然と頬がゆるむ陽菜。
羽衣「陽菜〜! おはよー!」
陽菜が自分の席に着くと、友達の羽衣がやって来た。
・吉澤 羽衣 : お団子ヘアがトレードマークの、元気で明るい女の子。
陽菜の中学時代からの友人で、陽菜と伊月が付き合っていたことも知っている。
陽菜「おはよう、羽衣。もしかして、羽衣も3組なの!?」
羽衣「うん。よろしくね〜!」
友達の羽衣と同じクラスだと分かり、ホッとする陽菜。
羽衣「ねえ、春休みどうだった? お母さんの再婚相手の家に引っ越したんでしょう?」
陽菜「あー、うん。家は一軒家で広いし、再婚相手の人も優しくて良い人だよ?」
羽衣「そうなんだ! 良かったねぇ」
安心したような笑みを見せる羽衣に、陽菜は少し罪悪感を覚える。
陽菜(羽衣には、お母さんが再婚することは話したけど。再婚相手の連れ子が、伊月くんだってことは話していない。)
(今朝、伊月くんとも約束したし。念のため、伊月くんと同居してることは羽衣にも秘密にしたほうがいいよね……。)
そんなことを思いながら、陽菜が羽衣としばらく他愛もない話をしていると。
男子「あれー? うさぎちゃんじゃーん」
突然教室に大きな声がして陽菜がそちらに目をやると、先ほど掲示板でクラス表を見ていたときに出会った男子が、陽菜の席の近くに立っていた。
陽菜「えっと、さっきはありがとうございました。同じクラスだったんですね?」
男子「うん。君のクラスを見たあとに、掲示板で自分の名前を探したら……俺もまさかの3組! これってもしかして、運命!?」
おどけたように言う男子に、はははと苦笑いする陽菜。
羽衣「ていうか、あなた誰?」
※鋭い目つきでズバッと。
男子「おっと、自己紹介がまだだったね。俺の名前は、長谷川 亜嵐。よろしく〜、うさぎちゃん。隣のお友達も!」
ニコニコ顔の亜嵐に対し、陽菜はムッとする。
陽菜「えっと。さっきからその、『うさぎちゃん』っていう呼び方やめてくれません? 私の名前は……」
亜嵐「知ってる。さっき会ったときに聞いたから。菊池陽菜ちゃん……でしょ?」
※パチンと片目を閉じる。
陽菜「あっ、うん」
亜嵐「それじゃあ……改めてよろしくね? 陽菜ちゃん」
陽菜(えっ)
亜嵐のいきなりの名前呼びに、戸惑う陽菜。
陽菜「よ、よろしく」
そして戸惑いながらも陽菜は、手を差し出してきた亜嵐に自分の手を重ねる。
伊月「……」
握手する二人を、伊月が自分の席からじっと見つめていた。
○数日後の放課後。体育館裏
ホウキを手に、体育館裏の地面に落ちている沢山の桜の花びらや葉っぱを掃き掃除する陽菜。
陽菜は美化委員になったため、委員会の清掃活動を行っていた。
〈ホームルームでの委員会決めの際、不人気の美化委員は誰も挙手せずくじ引きで決めることになり、当たりくじを引いた陽菜の回想。〉
※美化委員は、隔週水曜日の放課後に校内の清掃活動があるため、人気ワーストの委員会。
そして、もう一人の男子の美化委員は陽菜と同じくくじ引きで当たった亜嵐。
黙々と熱心に掃除する陽菜に、だるそうな顔の亜嵐が声をかける。
亜嵐「あのさー。陽菜ちゃんも、美化委員になりたくてなったんじゃないんでしょ?」
陽菜「それは、まあ……」
亜嵐「だったら、ここは適当にやってさっさと帰ろうぜ? まあ、俺はこのあと部活だけど」
陽菜「……適当にだなんてできないよ」
亜嵐「え?」
陽菜「私は、自分が美化委員になったからには最後までちゃんとやりたい」
亜嵐に構わず、せっせと掃除を続ける陽菜。
亜嵐「最後までちゃんとやりたい……か。ほんと真面目だねぇ、陽菜ちゃんは」
陽菜の真剣な横顔を見て、にっこり微笑む亜嵐。
亜嵐「よし。陽菜ちゃんが頑張ってるから、俺も頑張るよ」
○約1時間後。体育館裏
美化委員全員での掃き掃除が終了し、花びらや落ち葉を回収したゴミ袋は6袋にもなっていた。
亜嵐「陽菜ちゃん、お疲れ!」
陽菜「長谷川くんもお疲れ様」
亜嵐に笑いかけられ、陽菜も微笑む。
亜嵐「ちょっと、ちょっと! 長谷川くんだなんてそんな他人行儀な呼び方じゃなくて。俺のことは、気軽に亜嵐って呼んでよ!」
陽菜「えーっと、それじゃあ亜嵐くん……(小声)」
亜嵐「うんうん。やっぱり、陽菜ちゃんに名前で呼ばれると嬉しい」
陽菜「そ、そう?」
亜嵐「ねえ。俺、陽菜ちゃんともっと仲良くなりたいからさ。今度、二人でどこか遊びに行かない?」
陽菜(え!?)※目を大きく見開く
陽菜「ふ、二人で!? そ、それはさすがにちょっと……ご、ごめんなさい!」
早口で言うと、集めた落ち葉の入ったゴミ袋を持って逃げるようにゴミ捨て場に向かう陽菜。
亜嵐「ははっ。まさか、俺の誘いを断るなんて……陽菜ちゃんが初めてだよ。ますますこっちに向かせたくなったなぁ」
陽菜の背中を見ながら、亜嵐はニヤリと笑う。
亜嵐「まあ、急がずに少しずつ……ね?」
○数日後の放課後。2年3組の教室
帰りのホームルームが終わり、羽衣に声をかける陽菜。
陽菜「羽衣、一緒に帰ろう〜」
羽衣「ごめん。あたし、今日もバスケ部の練習を見てから帰るよ」
自分の顔の前で、手を合わせて謝る羽衣。
陽菜「そっか……」※肩を落とす。
陽菜M【友達の羽衣は最近、放課後は毎日のように体育館へバスケ部の練習を見に行っている。】
【バスケ部にはどうやら、羽衣が最近一目惚れしたという男の子がいるらしい。】
羽衣「あっ、そうだ。良かったら、陽菜も一緒にバスケ部の練習見に行かない?」
陽菜「え!?」
中学時代、伊月に一目惚れしてからは毎日のようにバスケ部の練習を見に行っていた陽菜。
しかし伊月と別れて以降は、気まずさからバスケ部の練習は一切見に行かなくなってしまっていた。
陽菜「ええっと……」
黙り込んでしまった陽菜を見て、羽衣はハッとする。
羽衣「……やだ、あたしったらつい。バスケ部には佐野くんがいるのに……ごめん。余計なこと言っちゃったよね」
陽菜「ううん。私も……バスケ部の練習見にいきたいな」
羽衣「え?」
てっきり断られるとばかり思っていた羽衣は、目を丸くする。
陽菜(伊月くんと別れてからは、なんとなく気まずくて行けてなかったけど。本当は、バスケする伊月くんを見たい気持ちはずっと心の奥にあったから。)
羽衣「大丈夫? もしあたしに付き合ってくれるとかなら、無理して来てくれなくても良いんだよ?」
陽菜「ううん、平気。私も伊月くんがバスケするところ、久しぶりに見たいから」
羽衣「陽菜……」
陽菜(今みたいに、羽衣に伊月くんとのことでいつまでも気を遣わせるのも申し訳ないし。)
陽菜(最近は、伊月くんとも前より話せるようになったから。元カノじゃなく、妹として応援に行くのなら別に問題ないよね?)
羽衣「ていうか陽菜、いつの間に佐野くんのこと『伊月くん』って名前で呼ぶようになったの?」
陽菜「え!?」
羽衣からの指摘に、陽菜の心臓が飛び跳ねる。
陽菜(し、しまった。私ったらつい……!)
陽菜「ええっと。実は佐野くんと付き合ってた頃、二人でいるときは名前で呼んでたから……」
こんな言い訳はさすがに無理があるかな? と、陽菜は内心ヒヤヒヤ。
羽衣「へー。そうだったんだ? 初耳」
陽菜「そ、それより、早く体育館行こう?」
陽菜は焦ったように羽衣の手を取ると、彼女を引っ張って教室の出口へと向かった。
○体育館
体育館にはドリブルの音やバッシュが床を擦る音が響き、コート付近には女子のギャラリーができている。
陽菜(放課後の体育館は、高校に入学してから初めて来たけど……すごい人の数!)
ギャラリーの女子の多さに、圧倒される陽菜。
──キュキュキュ、スパッ!
女子1「きゃーーーっ」
女子2「すごーい!」
陽菜と同じ美化委員になったクラスメイトの亜嵐が華麗にシュートを決め、黄色い歓声が上がる。
陽菜(亜嵐くん、すごい! ていうか、今さらだけど亜嵐くんってバスケ部だったんだ!)
普段のチャラい感じとは違い、真面目に練習している亜嵐に驚く陽菜。
陽菜(……あっ)
ふと視線をずらすと目に入ってきたのは、伊月の姿。隣のコートで3年の先輩と一緒に練習している。
伊月は軽やかにドリブルをし、先輩にパス。
陽菜(伊月くん、しばらく見ないうちにバスケがすごく上手になってる!)
そして再び先輩から伊月にボールが渡り、伊月がドリブルをしてシュート。
伊月が放ったボールは、きれいな弧を描いてゴールに吸い込まれていった。
陽菜「……かっこいい」
伊月を見て、無意識に声がこぼれる陽菜。
先輩「佐野、ナイッシュー!」
先輩部員に声をかけられた伊月の笑顔は、キラキラと輝いている。
陽菜(伊月くん、良い笑顔。中学の頃から変わらず、今もバスケが好きなんだなぁ)
陽菜が伊月に見とれていると。
晴香「佐野くん!」
伊月「あっ、マネージャー」
休憩時間になり、上下とも白のジャージ姿の晴香が伊月に声をかける。
・麻生 晴香 : 少し茶色がかった、サラサラのロングヘア。陽菜と同い年で、バスケ部の美人マネージャー。
晴香「お疲れ様! はい、タオル」
伊月「サンキュー(笑顔でタオルを受け取る)」
陽菜(伊月くん、声をかけてきた女の子たちにはいつも塩対応なのに。マネージャーの子には、あんなふうに笑うんだ。)
伊月が晴香と親しげに話しているのを見た陽菜は、胸がチクッと痛む。
陽菜(あの子、麻生さんだっけ。目鼻立ちが整っていて、すごくキレイ。)
(イケメンの伊月くんと並んでても、全然劣っていなくて。お似合いだなぁ。)
(それに比べて私は……)
美人でスタイル抜群の晴香と自分を見比べ、陽菜は肩を落とす。
女子A『なんで、あんな地味な子が佐野くんの彼女なの?』
女子B『全然、釣り合ってないじゃん』
中学2年生の頃、伊月と付き合っていたときに女子から言われた言葉が陽菜の頭を過ぎる。
陽菜(もし麻生さんみたいな人が伊月くんの彼女だったら、他の女子から何か言われたりしないんだろうなぁ。)
(ほんと、お似合いだよ……)
まだ話し続けている伊月と晴香を、陽菜は切なげな表情で見つめる。
家にいるときとは違い、急に伊月を遠くに感じてしまう陽菜。
これ以上仲睦まじい二人を見ていられず、陽菜が踵を返して歩き出したとき。
??「危ない!」
陽菜「え?」
誰かの大きな声が聞こえ、陽菜が振り返ると。
バスケ部の隣のコートで練習をしていたバレーボール部のボールが、陽菜のほう目がけて飛んできていた。
危ないのは頭で分かっているも、その場に根付いたように足が動かなくなる陽菜。
陽菜(ぶ、ぶつかる……!)※反射的に目を閉じる
伊月「陽菜っ!!」
伊月が陽菜を呼ぶ声が聞こえ、陽菜は強い力で腕を引っ張られた。
その直後、ガンッ! と壁にボールが当たる音が響く。
陽菜(なっ、なに? 何が起きてるの?)
陽菜は衝撃を覚悟して咄嗟に目をつむったものの、痛みはない。
何か温かいものに包まれている感覚がある中、陽菜が閉じていた目を恐る恐る開くと、伊月の顔がすぐ目の前にあった。
陽菜「……っ!! い、伊月くん!?」
伊月が、陽菜を抱きしめたまま床に転がっていた。
陽菜(ど、どうして今こんなことに!?)
訳が分からず、陽菜はパニックになる。
女子たち「きゃーーっ!」
体育館には、床に転んだ状態で陽菜と伊月が抱き合うのを見た伊月ファンの女子たちの叫び声が響く。
叫び声を聞いて我に返った伊月はようやく手を離し、陽菜も慌てて伊月から避けた。
陽菜「ご、ごめん!」
伊月「陽菜、大丈夫か!? 怪我はない?!」
陽菜「う、うん。大丈夫……」
陽菜(さっきまで伊月くんは隣のコートにいて、麻生さんと話していたはずなのに。)
(ここまで飛んできて、私のことを助けてくれたの?)
胸の奥が、じわりと熱くなる陽菜。
陽菜「あっ、ありがとう伊月くん……助けてくれて」
陽菜は伊月から目を逸らしそうになるも、きちんと彼の目を見てお礼を言った。
伊月「そんなの当たり前だろ? 陽菜が無事で良かった」
目を細めて小さく笑う伊月に、陽菜も微笑む。
晴香「……」
そんな陽菜と伊月の様子を、晴香が複雑な表情でじっと見ていたのだった。