名前
◇◇◇


 ピンポーンと音がした。ひとり暮らしのアパートに誰かが訪ねてきたらしい。
 玄関のドアを開いた私は、そこに立つ長身の男を見て凍り付いた。

「お嬢、久しぶりぃ」

 整った顔の黒髪の男がこちらを見下ろしていた。

 服装はゆるっとした開襟シャツ。耳にはたくさんのピアス。
 数年ぶりの再会だというのに、軽薄そうな外見も口元だけに浮かぶ薄っぺらい笑みも少し語尾が上がる気だるげな口調も、なにひとつ変わっていなかった。

「な……っ」

 なんで志摩がここに。という疑問を口にしかけた時、お隣さんが通り過ぎた。通路をふさぐ見覚えのない男に警戒するような視線を向けながら。

 まずいと思い、志摩の腕をつかんで強引に玄関に引き入れる。そして隣人の視線を遮るようにドアを閉めた。

「わお。熱烈歓迎じゃな」

 人の気も知らないで。のんきに笑う志摩を睨む。

「突然こんなとこまで押しかけて来るなんて、なんの用よ」
「別にぃ。お嬢に会いたくなっただけじゃし」
「嘘つかないで。どうせお父さんから『桜子の様子を見てこい』って命令されたんでしょ」

 私が睨んでも、志摩にはなんの効果もなかった。

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