名前
「お嬢はこんなとこに住みよんか。せっまい部屋じゃのぉ」
勝手に上がり込み、失礼な感想をもらす。確かに1Kの部屋は広いとは言えないけれど、相変わらずデリカシーのかけらもない。
「ほっといてよ。っていうか、煙草吸わないで」
煙草を取り出した志摩を見て慌てて叫ぶ。
「ええじゃろ別に」
「匂いがつくのがイヤなの!」
私の話も聞かず、志摩は薄い唇に煙草を挟んだ。
オイルライターに火をつけ、首を傾けうつむくと、目元に影が落ちる。いつも浮かべている薄ら笑いが消え、別人のように冷めた表情に見えた。
「こっちで店を始めるんじゃって?」
白い煙を吐き出した志摩は、前置きもなく切り出した。
彼の言う通り、私は自分の店をオープンさせる予定だった。スコーンやジンジャーブレッドやシードケーキ。素朴な焼き菓子が並ぶ小さなお店。
「実家にはなんの連絡もしてないのに、どうして知ってるのよ」
不満顔でたずねたけれど、志摩は軽く肩を上げただけで答えなかった。
まぁ、聞くだけ無駄か。我が家に一般常識は通用しない。