名前
 
「お嬢はこんなとこに住みよんか。せっまい部屋じゃのぉ」

 勝手に上がり込み、失礼な感想をもらす。確かに1Kの部屋は広いとは言えないけれど、相変わらずデリカシーのかけらもない。

「ほっといてよ。っていうか、煙草吸わないで」

 煙草を取り出した志摩を見て慌てて叫ぶ。

「ええじゃろ別に」
「匂いがつくのがイヤなの!」

 私の話も聞かず、志摩は薄い唇に煙草を挟んだ。

 オイルライターに火をつけ、首を傾けうつむくと、目元に影が落ちる。いつも浮かべている薄ら笑いが消え、別人のように冷めた表情に見えた。

「こっちで店を始めるんじゃって?」

 白い煙を吐き出した志摩は、前置きもなく切り出した。

 彼の言う通り、私は自分の店をオープンさせる予定だった。スコーンやジンジャーブレッドやシードケーキ。素朴な焼き菓子が並ぶ小さなお店。

「実家にはなんの連絡もしてないのに、どうして知ってるのよ」

 不満顔でたずねたけれど、志摩は軽く肩を上げただけで答えなかった。
 まぁ、聞くだけ無駄か。我が家に一般常識は通用しない。

< 3 / 26 >

この作品をシェア

pagetop