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「お嬢は小さい頃からお菓子作りが好きじゃったもんなぁ」
志摩が懐かしそうに笑う。
私が好きだったのはお菓子作りじゃなくて、作ったお菓子を志摩に食べてもらうことだった。おいしいと言ってもらいたくて、試行錯誤を繰り返してきた。
そんなこと、悔しいから絶対に言わないけど。
「お嬢が卒業アルバムに、将来の夢はケーキ屋さんって書いとったの覚えとるわ」
「ヤクザの娘がケーキ屋なんかなれるわけないって同級生に陰口叩かれたけどね」
「そんなこと言われたんか。わしに教えてくれりゃあ全員ぶち殺してやったのに」
「冗談に聞こえないからやめて」
私の父はヤクザの組長だった。
実家は強固な壁に囲まれた日本家屋で、たくさんの強面の男が出入りしていた。ガラは悪いけれどみんな優しかったし、父も歳がいってから生まれた私をかわいがってくれた。
しかし学校に通い出すと、自分の置かれた環境が普通じゃないと気付いた。
ヤクザは憎むべき悪で、その子供は平和な学校生活にいてはいけない存在だ。誰も口には出さないけれど、確かにそんな空気が流れていた。
無視をされたり陰口を叩かれたりは当たり前で、もっと陰湿ないじめも受けた。
同年代の友達なんて、できたことはなかった。