名前
そんな時に現れたのが、ひとつ年上の志摩だった。
親が借金を返せず首を吊り、残された志摩を父が面白がって面倒を見るようになったのだ。
志摩はうちにきてしばらく誰とも会話をしなかった。食事もとらず風呂にも入らず、ただつまらなそうな顔で外を眺めていた。
まるで死にたがっているように見えた。志摩の黒い瞳から、どうしようもない孤独を感じた。
まだ子供だった私は志摩になにか食べてほしくて一生懸命お菓子を作った。
生まれてはじめて焼いたクッキーを恐る恐る手渡すと、志摩はじっと私を見た。そして一口食べてすぐに吐き出した。
『なんじゃこれ。クッソまずい』
顔をしかめてついた悪態。それがはじめて聞いた志摩の声だった。
そんなことを思い出しながら目の前で煙草をふかす男を眺める。すっかり大人になった今でも、彼の瞳にはほの暗い孤独が染みついているように見えた。
「志摩。刺青見えてる」
シャツの袖から青みがかった黒がのぞいていた。私に指摘された志摩は煙草を咥えたまま、「んー?」と興味なさそうに腕に刻まれた模様をなでる。
「お嬢も刺青入れたくなったか?」
「入れるってなにを」
「わしの名前なんてどうじゃ。志摩ラブ♡とか」
指でハートマークを作りながら言われ、「絶対やだ。ダサすぎる」と顔をしかめた。