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焼き菓子の店を開こうと思ったのは、それしか胸を張れることがなかったから。
それに万が一ヤクザの娘だと知られても、なにか技術を身に着けていれば場所を変えなんとか生きていけるんじゃないかと思ったから。
「開店資金を貯めるの、大変じゃったじゃろ」
志摩の言葉にうなずく。地元を離れてから今日まで、寝る間も惜しんで働いてきた。
もちろんお菓子の勉強も続けながら。
「諸々の契約はどうしたん」
「協力してくれる人がいるの。久住さんって男の人で、すごく親身に相談にのってくれて」
「金のことも任せてるんか」
「うん。開店資金も全部預けてある」
借りる店舗はもう決めていた。
オーブンは小さめの物をレンタルする予定だ。
改装工事や店内に置く什器も、全て久住さんに任せてある。
「どこで知り合った」
「夜働いていた居酒屋の先輩が、経営に詳しい人がいるって紹介してくれて」
私が説明していると「なぁ」と低い声で遮られた。