白百合なんて似合わない
23.


 ユグラド王子の誕生日パーティーぶりの夜会は、ブラントン家が主催する夜会だ。今晩を皮切りに、ほぼ毎日お茶会か夜会の招待を受けている。
 ハリンストン家お抱えの針子が作り上げた十数着のドレスから、お母様が選んだこれぞという一着に身を包み、会場であるブラントン屋敷へと足を踏み入れる。そして控えめの笑顔を振りまきながら早速、場内の人を確認する。名家ブラントン家が主催するだけあって、参加している貴族達の顔ぶれは豪華だ。どうやら前回顔を合わせた公爵家のほとんどが招待されたようだった。
「ユタリア様、ようこそいらっしゃいました」
「ブラントン公爵、本日はお招きいただきありがとうございます」
 この歳の令嬢ともなれば、本来婚約者や配偶者と連れ添うのが一般的ではあるが残念ながら今の私は完全にフリーである。そのため、私はたった一人で夜会に参加することになった。
 前回のパーティーは一人で参加することが古くからの決まりごとで決まっていたが、今回のは義務ではなく、ハリンストンの意向だ。だがこれは決して異例の判断という訳ではない。実際、過去にそういう手段をとった家もいくつか存在する。もちろん、婚約者や結婚相手が決まるまでの間は父や兄に連れ添ってもらうご令嬢もいる。いや、その方法を取る家が圧倒的多数である。それはご令嬢の精神状態や一気に押し寄せるだろうアプローチを鑑みてのことである。けれど今回、ハリンストン家がその方法を取らなかったのは単純に、私の場合は一人の方が動きやすいだろうとお父様が判断を下したからである。

 他の妙年のご令嬢ならば、父兄に連れ添ってもらうなんて行動をとっただけでも、婚約者もいないのだとアピールするのと同義であり、恥をかきにきているようなもので、ましてや一人で参加するなどあり得ない話だ。けれど王子の婚姻相手候補だった者ならば意味は異なる。いわばまだ隣が空席であることの、お相手探しの真っ最中であることのアピールとなるのだ。それを見るだけで貴族達の目の色は変わる。私が来ることをわかっていてこの夜会に参加した者も一定数存在するのだろう。
 そう思うと婚姻者発表後、初めに参加する夜会がブラントン家の主催で良かったと思う。過去に何度か王子の元婚姻候補者を嫁として迎え入れるべく、既成事実を作ろうと動いた者がいたらしい。そのどれもが未遂に終わり、ご令嬢方の名誉を守るため公表はされていないものの、幼い頃に候補者3人には気をつけるよう、強く言い聞かされていた。
 だがさすがに騎士貴族であるブラントン家の夜会でそんな大それたことをする者はいないだろう。つまりブラントンの目が光っているこの場で行われるのは、ライバル同士の品の定めあいだ。
 ハリンストンとペシャワール、どちらの争奪戦に参加するか、もしくはそのどちらもから降りることにするのか、笑顔の下であまたの利害計算を繰り広げているのだろう。
 そして現在、私は絶賛ブラントン家のご当主様との腹の探り合いが繰り広げている。彼と対峙することは、ユグラド王子と共にいる時は何度かあった。だがこうして、一対一で向き合うことはなかった。いつだって彼の前にいた私は王子の婚姻相手候補の一人で、ユタリア=ハリンストン個人ではなかったのだ。
 エリオットよりも背の高い彼を見上げるようにして視線を合わせる。息子のエリオットとはあまり顔は似ていない。彼は母親に似たようだ。久々に彼の強い視線を身に浴びて、ようやく私の第2の役目の開幕を肌で実感する。
 お父様ならどの選択肢を選ぶだろう?と、普段はぽわんとしているようにも見えるが、一歩外に出るとその見た目を最大限に活かしながら社交する父を思い出しながら行動をとる。
 ……とはいえ今はまだ、本領を最大限に発揮する必要はないようだが。
 ひたすらに笑顔を貼り付けていると、ブラントン家の当主はこちらへとニコリと微笑んで、とある男に向かって手招きをした。
「ユタリア様、紹介いたします。息子のエリオットです」
 城下町で会っていた時のように砕けた笑顔でなく、今の私と同じように社交用の顔を貼り付けたエリオット=ブラントンだ。服装だって夜会に参加するに相応しいタキシードで、露店のお菓子を幸せそうに頬張っていた男と同一人物だとは思えない。もちろんそれは彼だけではなく、私にも言えることだろうが。
「こんばんは、ユタリア様。エリオット=ブラントンと申します。どうぞお見知り置きを」
 化粧や服装、メイク、そして外出用の石膏のような分厚い笑顔の効果だろうか、エリオットが私とユリアンナが同一人物であると気づいた様子はない。ならば今まで通りに繕うまでだと社交用の笑顔を深めるだけだ。いくらブラントン家主催の夜会とはいえ、婚姻の申し込みを断った以上、挨拶さえ済んでしまえば深く関わることはないだろう。
「御機嫌よう、エリオット様。ユタリア=ハリンストンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 そして私達の挨拶を終えるとすぐ、待っていましたとばかりに私とエリオットには人が群がる。婚約者がいるというのに男性陣は私の方に、女性陣はエリオットの方に見事に分かれる。私と結婚して見込める利益と同じくらいに、ブラントンと縁を結ぶ時の利益も計り知れないものがあるのだろう。家によってはブラントン家が本命で、今の婚約は保険のような位置付けになっているのかもしれない。婚約者及び婚姻相手を探し始めたのはエリオットも同じなのだから。
 より家に利益があるように動くのが貴族たるものの務めだ。その根性は貴族として素晴らしい心持ちである。
 群れのように押しかけてきた男性陣に笑顔を振りまきつつ、今晩から恒例化するのだろう、ハリンストン家の真夜中の報告会に備えて値踏みを開始する。
 服装一つとっても、その人の家のことがよくわかる。
 例えば私の左前でワイングラスを持って、順番待ちをしている男は、家柄こそ公爵家に劣る侯爵に属してはいるものの、身につけているタキシードの生地は東洋のものだ。閉鎖的なその国の生地を仕入れられる商人は少なく、またそれだけに加工できる針子も少ない。そんな生地のタキシードを身につけているということは、それだけ優秀な商人と針子を抱えていることの証明となる。
 それに今ちょうど目の前に立っている男の耳飾りは輝きの足りない、人工物だ。前回お会いした時にあれと気にかかったものの、今回ではっきりとした。以前まで身につけていたアクセサリーは、どれも彼の家の領内にいくつかある鉱山から発掘された天然の、大きな石を使用していただけに、その家の家計事情が大きく変わったことが見受けられる。暗い色の髪の中に隠してしまえばパッと見ただけではわからないとでも思ったのだろう。だが生憎、私は幼い頃から叔母様のアクセサリーコレクションを飽きるほどに見せられる。いつか必ず必要になる日がくるからと、実子であるライボルトとユラが逃げて行く中、彼女に捕まって宝石に関する知識を嫌という程に叩き込まれているのだ。そうして培った見る目はそれを生業とする宝石商よりも確かだと自負している。
 あの時は逃げ遅れた……! とか思いつつ、耳にタコが出来るほどに聞かされていたため、毎回ハイゲンシュタインの家に行くのは気が重かったのだが、今では叔母様の言うことを一応まじめに聞いておいて良かったと思う。なにせ目の前の男の家からは、私との婚姻を希望する旨の手紙が届いていて、それは見事にお父様のチェックを通り過ぎたのだから。
 確かにほんの少し前までの彼であれば、家柄的にも、財力や所有する技術に人脈、どれもハリンストンの娘の嫁ぎ先として申し分ない。けれど違和感があったこともあり、お断りすることにしたのだが、やはりあの時の私の判断は正しかったと小さく息を吐いた。


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