白百合なんて似合わない
25.
屋敷へと帰るとそこにはすでにお父様とお母様が私の帰りを待ちわびていた。
「お帰り、ユタリア。それで……今日の夜会はどうだったんだい?」
着替えすら済んでいないというのに、早速お父様はそう切り出す。私も着替えなんてする暇も惜しいと思っていたからちょうどいいと、エリオット=ブラントンから婚姻の申し込みがあったことを伝える。それに対し、お父様はまるでそうなることが分かっていたかの「そうか」と頷いた。お母様はブラントン家の御令息からの申し出はすでに断ったのではなかったかと過去の記憶を辿るように首をかしげる。だがお母様もその申し出に即断りを入れる訳ではないようだ。
「お父様。お父様はライボルトとエリオット=ブラントン、どちらと結婚するのがハリンストン家の得になると思う?」
お母様もいるが、先にお父様の意見が聞きたかった。同じ男性として、そしてハリンストンの当主から見たあの男はどんな人物なのか――と。
「ユタリアは、エリオット=ブラントンが嫌じゃなかったのか?」
けれどお父様は私の質問に答える前に疑問を投げかける。あれだけ頭ごなしに断りを入れると決断してまだ2ヶ月ほど。お父様の疑問も当然といえば当然だろう。だが買い食いを通じて仲を深めたなんて説明するのもな……と思い、手短にかつ簡潔に答えることにした。
「あれから色々あってね。今日直接、考えて欲しいって言われて、ライボルトと並べて結婚を考えるほどには好意を持っているわ」
これだけ伝えれば、私の選択肢の中に新たにエリオットという男が浮上したことはハッキリと伝わるだろう。するとお母様は「なるほどね」と全てを理解したと言った様子でうんうんと何度も頷く。だが私の話はまだ終わってなどいないのだ。
私が聞きたいのはあくまでどちらを選べばより利益を得ることができるかである。
だが未だにお父様はその答えを返してくれる様子はない。
「なるほどな。なら何を迷っているんだい?」
むしろ私に決めさせようと誘導しているかのようだ。悪いようにはならないことは重々承知で、ならばと、とりあえずはその誘導に乗ってみることにした。
「エリオット=ブラントンには好いている女性がいるらしいの」
「ユタリアは夫となる相手が愛人を囲うことが嫌なのか?」
嫌うどころかむしろ、好いている女性がいながらも、貴族として生きることを選んだこと、そして私との婚姻に前向きな姿勢を示したことは、たとえそれが義務からだとしても、いや義務感から来るものだからこそ、好意的に捉えることができる。ライボルトの婚約者が駆け落ちをしたとつい先日聞いたばかりだからだろう、エリオットが貴族としての責務を果たそうとしていることが嬉しいのだ。
「いや、全然」
真顔でそう答えるとお父様はならば何を迷うのかと、まるで困った生徒を見るような視線を私へと注ぐ。
「…………エリオット=ブラントンは、いや彼個人というよりもブラントン家は代々王家に仕えるだけあって皆、真面目で堅実な生き方をしてきている。名家と呼ばれる家でもあそこまでクリーンなのはブラントン家くらいなものだ」
「つまり?」
「ユタリアがブラントン家の令息とライボルトのどちらを選ぶか迷っていて、そしてよりハリンストン家に得になるような相手と結婚したいというのならブラントン家の令息にしなさい」
その言葉は私の胸にしっくりとハマった。それと同時にライボルトとの夜は永遠に私の元へとやってくることはなくなった。けれど彼となら、結婚はせずともいい読書友達として感想の送り合いは続けられるような気がする。そう考えると案外、私の将来は明るいものだ。
読書は趣味として認めてもらうことにして、編み物は他のご令嬢だって手習いとして幼い頃に習得するもの。買い食いはさすがにもう出来るなんて思ってはいない。これで完全に焼きたてのクレープとはサヨウナラだ。
グッバイ、クレープ!
私はこれからもあの味を忘れることはないだろう。
その数日後、お父様はブラントン家へ今回の申し出を受け入れる旨の手紙を送った。するとそれからすぐにブラントン家からの手紙が戻ってきた。そしてトントン拍子に話は進み、夜会やお茶会の他に、結婚の準備に追われる日々を過ごすようになった。お茶会はともかくとして、夜会にはエリオットがパートナーとして付き添ってくれるようになったため、周りの態度はまたもや変わる。
婚姻や婚約を目当てとしたものから、今後の繋がりを目当てとしたものに。
エリオットが同伴してくれるようになる前よりも、挨拶にくる人の数が増えたのは、ハリンストンとブラントンが縁を結ぶことにはそれだけの影響力があるということだろう。休みがなく、疲労は溜まっていく日々だが、その一方で、この婚姻が正しい選択であったのだと少しだけ肩の荷を下すことは出来た。
お世辞なのだろうが、誰もが私達をお似合いだと称賛し、私を白百合に、彼をナイトに例える。騎士職に就いているエリオットはともかくとして、私に白百合なんて似合わない。
それが以前より私を表していた『窓際の白百合』からとったものなのだとしても、もうユグラド王子の婚姻候補者でもないのだ。つまり妖精や薔薇と並べて表す必要などない。だからこそ、もう少し気の利いた例えはないものだろうかと繰り返されるその言葉には徐々に嫌気がさしてくる。けれどそんなことを話せるのはミランダくらいなものである。今だって白百合をイメージして作ったウェディングドレスの手直しをしてもらいながら、日々溜まっていくストレスを発散すべく、ミランダには愚痴に付き合ってもらうのだ。
「夜会でもお茶会でも誰も彼もが白百合、白百合ってそればっかり。それでももう飽き飽きしてるのに、なんでウェディングドレスまで白百合なのよ……」
もっと他にあっただろうと、ブラントン側より提案された、鏡に写る花嫁衣装にため息を吐く。ブラントンの誰が考えたのかは知らないが、その誰かにとって私は白百合のイメージなのか。
儚くて簡単に手折れそうな、私には似合わない美しい花。
「やっぱりお姉様に白百合なんて似合わないわよね」
私の後ろからひょっこりと顔を見せて、鏡に映る私とドレスを見比べたミランダはそう呟く。
「ミランダもそう思う?」
「うん」
やはりさすがはミランダだ。私のことをよく分かっている。理解者がいることに、そしてそれが妹であることに安心して、私の頬は緩んでしまう。
「私もそう思うわ。サボテンみたいな、真緑のドレスなら少しは似合うと思うんだけど、純白は、ねぇ……。いや、これが花嫁衣装だから仕方ないのは分かってるけど、それにしても白百合はないわよねぇ……」
花嫁・花婿衣装は主に白のものを着用する。決まりごと、というわけではないのだろうが、余程の思い入れがない場合は大抵白の衣装に身を包む。平民の場合は結構、思い出の花だったりなんだりの色やモチーフを使用するらしいが、貴族の、政略結婚の男女にはそんなものはない。あったとしても重要視するものでもないのだ。ましてやサボテンをイメージした花嫁衣装なんて聞いたこともない。実現もするはずがないのだ。私も、ミランダだってそんなことは知っている。
「なら頭には赤い花飾りを飾らなきゃ!」
けれど最近、こうしてはしゃげる時間も少なくなってきていて、私が嫁入りするまであとわずかなのだ。だからこそ今この時を楽しむべく、サボテンをイメージした空想上のウェディングドレスの話題に花を咲かせるのだ。
屋敷へと帰るとそこにはすでにお父様とお母様が私の帰りを待ちわびていた。
「お帰り、ユタリア。それで……今日の夜会はどうだったんだい?」
着替えすら済んでいないというのに、早速お父様はそう切り出す。私も着替えなんてする暇も惜しいと思っていたからちょうどいいと、エリオット=ブラントンから婚姻の申し込みがあったことを伝える。それに対し、お父様はまるでそうなることが分かっていたかの「そうか」と頷いた。お母様はブラントン家の御令息からの申し出はすでに断ったのではなかったかと過去の記憶を辿るように首をかしげる。だがお母様もその申し出に即断りを入れる訳ではないようだ。
「お父様。お父様はライボルトとエリオット=ブラントン、どちらと結婚するのがハリンストン家の得になると思う?」
お母様もいるが、先にお父様の意見が聞きたかった。同じ男性として、そしてハリンストンの当主から見たあの男はどんな人物なのか――と。
「ユタリアは、エリオット=ブラントンが嫌じゃなかったのか?」
けれどお父様は私の質問に答える前に疑問を投げかける。あれだけ頭ごなしに断りを入れると決断してまだ2ヶ月ほど。お父様の疑問も当然といえば当然だろう。だが買い食いを通じて仲を深めたなんて説明するのもな……と思い、手短にかつ簡潔に答えることにした。
「あれから色々あってね。今日直接、考えて欲しいって言われて、ライボルトと並べて結婚を考えるほどには好意を持っているわ」
これだけ伝えれば、私の選択肢の中に新たにエリオットという男が浮上したことはハッキリと伝わるだろう。するとお母様は「なるほどね」と全てを理解したと言った様子でうんうんと何度も頷く。だが私の話はまだ終わってなどいないのだ。
私が聞きたいのはあくまでどちらを選べばより利益を得ることができるかである。
だが未だにお父様はその答えを返してくれる様子はない。
「なるほどな。なら何を迷っているんだい?」
むしろ私に決めさせようと誘導しているかのようだ。悪いようにはならないことは重々承知で、ならばと、とりあえずはその誘導に乗ってみることにした。
「エリオット=ブラントンには好いている女性がいるらしいの」
「ユタリアは夫となる相手が愛人を囲うことが嫌なのか?」
嫌うどころかむしろ、好いている女性がいながらも、貴族として生きることを選んだこと、そして私との婚姻に前向きな姿勢を示したことは、たとえそれが義務からだとしても、いや義務感から来るものだからこそ、好意的に捉えることができる。ライボルトの婚約者が駆け落ちをしたとつい先日聞いたばかりだからだろう、エリオットが貴族としての責務を果たそうとしていることが嬉しいのだ。
「いや、全然」
真顔でそう答えるとお父様はならば何を迷うのかと、まるで困った生徒を見るような視線を私へと注ぐ。
「…………エリオット=ブラントンは、いや彼個人というよりもブラントン家は代々王家に仕えるだけあって皆、真面目で堅実な生き方をしてきている。名家と呼ばれる家でもあそこまでクリーンなのはブラントン家くらいなものだ」
「つまり?」
「ユタリアがブラントン家の令息とライボルトのどちらを選ぶか迷っていて、そしてよりハリンストン家に得になるような相手と結婚したいというのならブラントン家の令息にしなさい」
その言葉は私の胸にしっくりとハマった。それと同時にライボルトとの夜は永遠に私の元へとやってくることはなくなった。けれど彼となら、結婚はせずともいい読書友達として感想の送り合いは続けられるような気がする。そう考えると案外、私の将来は明るいものだ。
読書は趣味として認めてもらうことにして、編み物は他のご令嬢だって手習いとして幼い頃に習得するもの。買い食いはさすがにもう出来るなんて思ってはいない。これで完全に焼きたてのクレープとはサヨウナラだ。
グッバイ、クレープ!
私はこれからもあの味を忘れることはないだろう。
その数日後、お父様はブラントン家へ今回の申し出を受け入れる旨の手紙を送った。するとそれからすぐにブラントン家からの手紙が戻ってきた。そしてトントン拍子に話は進み、夜会やお茶会の他に、結婚の準備に追われる日々を過ごすようになった。お茶会はともかくとして、夜会にはエリオットがパートナーとして付き添ってくれるようになったため、周りの態度はまたもや変わる。
婚姻や婚約を目当てとしたものから、今後の繋がりを目当てとしたものに。
エリオットが同伴してくれるようになる前よりも、挨拶にくる人の数が増えたのは、ハリンストンとブラントンが縁を結ぶことにはそれだけの影響力があるということだろう。休みがなく、疲労は溜まっていく日々だが、その一方で、この婚姻が正しい選択であったのだと少しだけ肩の荷を下すことは出来た。
お世辞なのだろうが、誰もが私達をお似合いだと称賛し、私を白百合に、彼をナイトに例える。騎士職に就いているエリオットはともかくとして、私に白百合なんて似合わない。
それが以前より私を表していた『窓際の白百合』からとったものなのだとしても、もうユグラド王子の婚姻候補者でもないのだ。つまり妖精や薔薇と並べて表す必要などない。だからこそ、もう少し気の利いた例えはないものだろうかと繰り返されるその言葉には徐々に嫌気がさしてくる。けれどそんなことを話せるのはミランダくらいなものである。今だって白百合をイメージして作ったウェディングドレスの手直しをしてもらいながら、日々溜まっていくストレスを発散すべく、ミランダには愚痴に付き合ってもらうのだ。
「夜会でもお茶会でも誰も彼もが白百合、白百合ってそればっかり。それでももう飽き飽きしてるのに、なんでウェディングドレスまで白百合なのよ……」
もっと他にあっただろうと、ブラントン側より提案された、鏡に写る花嫁衣装にため息を吐く。ブラントンの誰が考えたのかは知らないが、その誰かにとって私は白百合のイメージなのか。
儚くて簡単に手折れそうな、私には似合わない美しい花。
「やっぱりお姉様に白百合なんて似合わないわよね」
私の後ろからひょっこりと顔を見せて、鏡に映る私とドレスを見比べたミランダはそう呟く。
「ミランダもそう思う?」
「うん」
やはりさすがはミランダだ。私のことをよく分かっている。理解者がいることに、そしてそれが妹であることに安心して、私の頬は緩んでしまう。
「私もそう思うわ。サボテンみたいな、真緑のドレスなら少しは似合うと思うんだけど、純白は、ねぇ……。いや、これが花嫁衣装だから仕方ないのは分かってるけど、それにしても白百合はないわよねぇ……」
花嫁・花婿衣装は主に白のものを着用する。決まりごと、というわけではないのだろうが、余程の思い入れがない場合は大抵白の衣装に身を包む。平民の場合は結構、思い出の花だったりなんだりの色やモチーフを使用するらしいが、貴族の、政略結婚の男女にはそんなものはない。あったとしても重要視するものでもないのだ。ましてやサボテンをイメージした花嫁衣装なんて聞いたこともない。実現もするはずがないのだ。私も、ミランダだってそんなことは知っている。
「なら頭には赤い花飾りを飾らなきゃ!」
けれど最近、こうしてはしゃげる時間も少なくなってきていて、私が嫁入りするまであとわずかなのだ。だからこそ今この時を楽しむべく、サボテンをイメージした空想上のウェディングドレスの話題に花を咲かせるのだ。