白百合なんて似合わない
10.
「いや、は? じゃなくてだな……。いつユタリア=ハリンストンと入れ替わったのかって聞いてるんだ。結婚式の前か? その後の、この1年でのことか?」
けれどリガードはいたって真面目なようで、私の心の中を覗き込もうとでもするかのように、真っ直ぐと力強い視線を私へと注ぐ。
「いやいやいやいや。リガード、あなた、それ本気で言ってるの?」
これにはさすがに取り繕うことさえ忘れて、リガードの本気度を探ることに専念する。
「俺は本気だ」
けれどリガードのその言葉に偽りはないようで、呆れるしかない。決定打と言えるような情報を引き出しておいて、何をどう考えたら入れ替わり大作戦が行われたことになるのだ。
「……エリオット様。エリオット様はリガードの言葉をどうお思いになりますか?」
だからエリオットにこの話題を投げてみたのだが……。
「私は……まだ信じられないでいる。まさか君がユタリアと入れ替わっていただなんて……。ずっと共にいて、君がユタリアではないなんて疑いもしなかった……」
「…………」
エリオットもまた、リガードの提唱した、ユタリアとユリアンナが入れ替わっている理論を信じる者だった。なぜそんな回りくどいことをしたと思うのだろうか。それに貴族の、それも公爵令嬢の立ち回りは技術だ。生まれてきた時から細かいことを習得し、デビュタントを迎えてからは周りを見てその技を磨いていく。一朝一夕で身につくようなものではない。そんなに簡単に身につくならダンスの先生を筆頭とした家庭教師は職を失ってしまうだろう。そんなことは斜め上の思考を行くリガードはともかくとして、この一年数えるのが嫌になるほどの夜会を共に出席したエリオットならば分かって当然のことだろう。だが彼ときたら全くそのことに気づく様子はない。
「ユリアンナ、君を責めたりはしないから。どうか、リガードの問いに答えてはくれないだろうか?」
「……私はユタリア=ハリンストン及び、ユタリア=ブラントンとは入れ替わってなどいません」
すっかりリガードの入れ替わり説を信じてしまっているエリオットに、私はもうどう説明していいのかわからない。……というよりももう、認めなければいい話なんじゃないかなと自分なりの終着点を模索していた。けれど、話はそう簡単に終わるわけではなかった。
「なんだと? だが確かにあんたからはあの日のユリアンナと同じ香りが……まさか!?」
1年を共にしたエリオットよりも、数える程しか顔を合わせたことのないリガードがとある答えを導き出したからだ。
「そのまさかよ、リガード。あなたと、そしてエリオット様と会っていたのはずっとユタリア=ハリンストンだったのよ。ユリアンナっていうのは偽名」
まさか……!?と言いたいのは私の方だ。
香りで、体臭でバレるなんて思わなかった。そんなこと思い浮かぶはずがないだろう。普通の人は一度会った人物の体臭を覚えているなんて有り得ないのだから。私はますます、リガードが犬に見えてならない。けれど過程はともかくとして、事実は事実だ。知られてしまった以上、もう隠し通すことは不可能だ。
「…………あそこまで町に馴染んでいたら貴族の、それも公爵家の令嬢だなんて思わないだろう、普通……」
「それで、エリオット様。私はユリアンナであったと告白しましたが、この後一体どうするおつもりですか?」
リガードの言葉はまるっと無視して、未だに信じられないと目を見開くエリオットへと身体を向ける。
私が正体を明かしたのだから、あなたも手の内を曝け出せと。
「え?」
「城下町を一人でふらつくような女に離縁でも申し出ますか? 先ほどとは状況がまるで違いますから、判断を変えていただいても構いません。その場合、やはりハリンストン家との話し合いになりますが」
「それでも私の意思は変わらない」
「そう、ですか……」
「でも良かったな、エリオット。ユリアンナが見つかって」
「へ?」
ユリアンナが見つかる? リガードがしみじみと口にしたそのなんてことない言葉に私の思考は一時停止する。
まさかエリオットが口にした『ユリアンナ』って私のことだったの!? 思わず飛び出た気の抜けたような声に、エリオットは顔を赤く染め上げる。
じゃあエリオットにいたのは愛人ではなく、ただの探し人だったというのだろうか?
だがそれにしても疑問は残る。確かに私は彼に別れを言うことなく、城下町へ行く足を止めた。けれど私と彼はたかがオヤツ仲間である。約束もなく、ただ顔を合わせた時には一緒にお菓子を食べるだけの仲だ。だというのに、なぜわざわざそんな女を探す必要があるのだ。
これはちゃんと理由を説明してもらわねばならない。恥ずかしそうに顔を背けるエリオットの顔をじいっと見つめて、彼からの説明を待ち続ける。
しばらくどうにかこの場から逃れようとしていたエリオットだが、ようやく私の視線から逃れられないことを察したらしい。普段からは想像できないほどに小さな声でポツリと事の真相を話してくれた。
「……ユタリアと結婚してからも、ずっとユリアンナのことが忘れられなかった。あの『窓際の白百合』をようやく手に入れたと思ったのに、君の顔を見るたびに頭に浮かぶのは城下で出会ったユリアンナだった」
「もし城下町でユリアンナを見つけ出したとしても、あなたはどうするおつもりだったのですか?」
「あの頃のように露店でお菓子を買って、そして……ちゃんと別れを告げようと思った。そうすればユタリアに真正面から向き合えるようになると……」
友人らしき女のことがいつまでも気にかかって仕方がなかっただけとは…………。今までの行動は私の気にしすぎだったと言うわけだ。エリオットはなかなかに不器用な男だが、私はなかなかの勘違い女だ。気にして損したわ。何とも呆気ないことである。そして私がユリアンナである、ということの証明をしたかっただけのリガードはお茶も飲まずに帰って行った。
「まぁ、なんだ……2人とも仲良くやれよ!」――とそれだけを残して。
本当に不思議な男である。
だが私達が彼に助けられたのは疑うことのない事実である。
今度、モンブランでも差し入れようかしら?
働きに対してお礼が小さな気もするが、ミランダにも協力してもらい、一推しのモンブランをプレゼントすればきっと喜んでくれることだろう。もちろんマロングラッセが頭の上に鎮座しているのが最低条件である。
「いや、は? じゃなくてだな……。いつユタリア=ハリンストンと入れ替わったのかって聞いてるんだ。結婚式の前か? その後の、この1年でのことか?」
けれどリガードはいたって真面目なようで、私の心の中を覗き込もうとでもするかのように、真っ直ぐと力強い視線を私へと注ぐ。
「いやいやいやいや。リガード、あなた、それ本気で言ってるの?」
これにはさすがに取り繕うことさえ忘れて、リガードの本気度を探ることに専念する。
「俺は本気だ」
けれどリガードのその言葉に偽りはないようで、呆れるしかない。決定打と言えるような情報を引き出しておいて、何をどう考えたら入れ替わり大作戦が行われたことになるのだ。
「……エリオット様。エリオット様はリガードの言葉をどうお思いになりますか?」
だからエリオットにこの話題を投げてみたのだが……。
「私は……まだ信じられないでいる。まさか君がユタリアと入れ替わっていただなんて……。ずっと共にいて、君がユタリアではないなんて疑いもしなかった……」
「…………」
エリオットもまた、リガードの提唱した、ユタリアとユリアンナが入れ替わっている理論を信じる者だった。なぜそんな回りくどいことをしたと思うのだろうか。それに貴族の、それも公爵令嬢の立ち回りは技術だ。生まれてきた時から細かいことを習得し、デビュタントを迎えてからは周りを見てその技を磨いていく。一朝一夕で身につくようなものではない。そんなに簡単に身につくならダンスの先生を筆頭とした家庭教師は職を失ってしまうだろう。そんなことは斜め上の思考を行くリガードはともかくとして、この一年数えるのが嫌になるほどの夜会を共に出席したエリオットならば分かって当然のことだろう。だが彼ときたら全くそのことに気づく様子はない。
「ユリアンナ、君を責めたりはしないから。どうか、リガードの問いに答えてはくれないだろうか?」
「……私はユタリア=ハリンストン及び、ユタリア=ブラントンとは入れ替わってなどいません」
すっかりリガードの入れ替わり説を信じてしまっているエリオットに、私はもうどう説明していいのかわからない。……というよりももう、認めなければいい話なんじゃないかなと自分なりの終着点を模索していた。けれど、話はそう簡単に終わるわけではなかった。
「なんだと? だが確かにあんたからはあの日のユリアンナと同じ香りが……まさか!?」
1年を共にしたエリオットよりも、数える程しか顔を合わせたことのないリガードがとある答えを導き出したからだ。
「そのまさかよ、リガード。あなたと、そしてエリオット様と会っていたのはずっとユタリア=ハリンストンだったのよ。ユリアンナっていうのは偽名」
まさか……!?と言いたいのは私の方だ。
香りで、体臭でバレるなんて思わなかった。そんなこと思い浮かぶはずがないだろう。普通の人は一度会った人物の体臭を覚えているなんて有り得ないのだから。私はますます、リガードが犬に見えてならない。けれど過程はともかくとして、事実は事実だ。知られてしまった以上、もう隠し通すことは不可能だ。
「…………あそこまで町に馴染んでいたら貴族の、それも公爵家の令嬢だなんて思わないだろう、普通……」
「それで、エリオット様。私はユリアンナであったと告白しましたが、この後一体どうするおつもりですか?」
リガードの言葉はまるっと無視して、未だに信じられないと目を見開くエリオットへと身体を向ける。
私が正体を明かしたのだから、あなたも手の内を曝け出せと。
「え?」
「城下町を一人でふらつくような女に離縁でも申し出ますか? 先ほどとは状況がまるで違いますから、判断を変えていただいても構いません。その場合、やはりハリンストン家との話し合いになりますが」
「それでも私の意思は変わらない」
「そう、ですか……」
「でも良かったな、エリオット。ユリアンナが見つかって」
「へ?」
ユリアンナが見つかる? リガードがしみじみと口にしたそのなんてことない言葉に私の思考は一時停止する。
まさかエリオットが口にした『ユリアンナ』って私のことだったの!? 思わず飛び出た気の抜けたような声に、エリオットは顔を赤く染め上げる。
じゃあエリオットにいたのは愛人ではなく、ただの探し人だったというのだろうか?
だがそれにしても疑問は残る。確かに私は彼に別れを言うことなく、城下町へ行く足を止めた。けれど私と彼はたかがオヤツ仲間である。約束もなく、ただ顔を合わせた時には一緒にお菓子を食べるだけの仲だ。だというのに、なぜわざわざそんな女を探す必要があるのだ。
これはちゃんと理由を説明してもらわねばならない。恥ずかしそうに顔を背けるエリオットの顔をじいっと見つめて、彼からの説明を待ち続ける。
しばらくどうにかこの場から逃れようとしていたエリオットだが、ようやく私の視線から逃れられないことを察したらしい。普段からは想像できないほどに小さな声でポツリと事の真相を話してくれた。
「……ユタリアと結婚してからも、ずっとユリアンナのことが忘れられなかった。あの『窓際の白百合』をようやく手に入れたと思ったのに、君の顔を見るたびに頭に浮かぶのは城下で出会ったユリアンナだった」
「もし城下町でユリアンナを見つけ出したとしても、あなたはどうするおつもりだったのですか?」
「あの頃のように露店でお菓子を買って、そして……ちゃんと別れを告げようと思った。そうすればユタリアに真正面から向き合えるようになると……」
友人らしき女のことがいつまでも気にかかって仕方がなかっただけとは…………。今までの行動は私の気にしすぎだったと言うわけだ。エリオットはなかなかに不器用な男だが、私はなかなかの勘違い女だ。気にして損したわ。何とも呆気ないことである。そして私がユリアンナである、ということの証明をしたかっただけのリガードはお茶も飲まずに帰って行った。
「まぁ、なんだ……2人とも仲良くやれよ!」――とそれだけを残して。
本当に不思議な男である。
だが私達が彼に助けられたのは疑うことのない事実である。
今度、モンブランでも差し入れようかしら?
働きに対してお礼が小さな気もするが、ミランダにも協力してもらい、一推しのモンブランをプレゼントすればきっと喜んでくれることだろう。もちろんマロングラッセが頭の上に鎮座しているのが最低条件である。