白百合なんて似合わない
12.
「嫉妬、していたんだ」
「は?」
「ライボルト=ハイゲンシュタインに嫉妬していたんだ!」
「えっと……なぜです?」
その言葉には驚きと疑問が湧きあがって、どちらを優先すべきか頭が混乱してしまう。まさかここでライボルトの名前が出てくるとは思わなかったのだ。だがよくよく考えてみれば、確かにあの時もエリオットはライボルトの名前を口にしていた。だがエリオットがライボルトに嫉妬する理由が思い当たらない。なにせ相手はあのライボルトである。なぜよりによってライボルトなのだ。彼にももちろんいいところはあるが、嫉妬する相手だと言われると納得できない。
それが本を没収する理由なんて……。
首を左右に捻ってもなかなかその答えが浮かんで来てはくれない。あの一言で全てを打ち明けたつもりらしいエリオットには悪いが、もう少し詳しく説明してほしいところだ。
真っ赤な顔でこれ以上言わせるつもりなのかと震えるエリオットに「教えてください」と懇願する。するとエリオットは泣きそうな表情を浮かべながらも、逃げられないと悟ったらしく顔を背けながら答えてくれる。
「私は一度結婚を断られているが、ライボルト=ハイゲンシュタインは君と結婚するつもりだったんだろう? 私だって、無理に結婚を迫った自覚はあるんだ。だからこそ、夫婦にならずとも君と変わらぬ仲で居続ける彼が羨ましかったんだ……」
なんというか……それって「子どもみたい……って、あ!」
無意識に開いていた口を両手で押さえるも時すでに遅し。こんな狭い空間でエリオットの耳に届いていないはずがないのだ。
「子どもみたいで悪かったな! それでもずっと好きだったんだから仕方ないだろ!」
「え、好きって、誰が?」
「私が」
「誰を?」
「ユタリアを、に決まっているだろ! ユグラド王子がクシャーラ嬢を選んだと聞かされてからしばらくは夢か現実かも分からぬまま過ごしたんだ。それくらい、嬉しかったんだ……。初めて見た時から惹かれて、何度奪ってしまえればいいものかと考えたことか……」
エリオットからはもう恥ずかしがる様子は見られない。言葉遣いも若干崩れてしまっている彼は、もうそんなものとは吹っ切れたのだろう。その代わり、私の顔が真っ赤に染まっていく番である。
だって初めて見た時って10年近くも前のことでしょう? そんな時から想いを寄せられていたなんて……。
心臓がバクバクと今まで体験したことないくらい激しく震え初め、頭では何度も『好き』という言葉が繰り返される。
ロマンス小説のヒロイン達も同じ気持ちだったのかしら? 押し寄せる気持ちに口元を押さえ、目には嬉しさをふんだんに含んだ涙が浮かぶ。
「ユタリア?」
心配そうにのぞき込むその顔は愛おしい彼のもので、その男は私を好きなのだと告げてくれる。
まるで小説の中の出来事だ。
けれどここにいるのは絶世の美少女ではなく、白百合よりもサボテンが良く似合う私である。
けれどエリオットは白百合の面もサボテンの面も知っていて、それでもなお伝えてくれたのだ。
「嬉しい……です。エリオット様。私もあなたの事が好きです」
だから私も自分の思いを正直に伝えることにした。恥ずかしいけれど、きっとここで言わなければ後悔するから。
こうして結婚してから一年経って、ようやく思いを通じ合わせることが出来た私達はどちらともなく、抱き合った。お互いに相手の熱を感じたくて、その心地よさに身を任せていたのだった。
「そうだ。エリオット様、よろしければその本を返していただけませんか? あれはどれも借り物なので」
「……ユタリアの妹さんには私から返しておく」
「いえ、それはミランダからのだけではなく……」
ここまで言って、まぁいつもミランダ経由で借りたり返したりしているからいいかと口をつぐむ。
「ミランダさんだけではない……だと?」
するとエリオットは衝撃的な事実を聞いてしまったとばかりに頬をヒクつかせる。あの量だから相当な人数に借りてきたと、返す手間が想像以上にかかるかもしれないと、安請け合いをしてしまったことを後悔しているのだろう。
「そうなのですが、ミランダに渡せばあの子が返してくれると思うので……。いえ、やはり私が直接返しに行きます。借りたのも私ですし……」
「その中には、ライボルト=ハイゲンシュタインからの借り物もあるのか?」
「ライボルトから、ですか? はい、ありますが……」
なぜここでピンポイントにライボルトの名前が出るのだろう?
まさかまだライボルトに嫉妬しているとか?
いや、でもちゃんと私の気持ちは伝えたし、そんなことはないはずだ……と思いたい。もしくはそこまで私の交友関係は狭いと思われているのだろうか。事実、そんなに広くはないが。だがこうも真っ先に従兄弟の名前を挙げられると、複雑なものがある。確かにライボルトは読書の仲間ではあるが、やはり身内であることには変わりはない。
「やはり私が各方に返しに行こう。もちろんライボルト=ハイゲンシュタインにも」
「いえ、そんな手間をかけさせるわけには……」
『ライボルト=ハイゲンシュタイン』の名前をそんなにも強調するエリオット。やはりライバル視しているのではなかろうか。だが理由が分からなかった以前のように不安になることはもうない。それだけで私には大きな一歩である。
「手間ではない。後それと、ユタリア。読みたい本があったら今度からは私に言ってくれ。どんな本でも用意させる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
訂正する。前進したのは一歩どころではなかった。こればかりはゲンキンなものだと言われても構わない。
だが本解禁と共にどんな本でも用意させるとの約束までもらえて、エリオットを抱きしめて喜んでしまうほどに私は本が好きなのだ。
「嫉妬、していたんだ」
「は?」
「ライボルト=ハイゲンシュタインに嫉妬していたんだ!」
「えっと……なぜです?」
その言葉には驚きと疑問が湧きあがって、どちらを優先すべきか頭が混乱してしまう。まさかここでライボルトの名前が出てくるとは思わなかったのだ。だがよくよく考えてみれば、確かにあの時もエリオットはライボルトの名前を口にしていた。だがエリオットがライボルトに嫉妬する理由が思い当たらない。なにせ相手はあのライボルトである。なぜよりによってライボルトなのだ。彼にももちろんいいところはあるが、嫉妬する相手だと言われると納得できない。
それが本を没収する理由なんて……。
首を左右に捻ってもなかなかその答えが浮かんで来てはくれない。あの一言で全てを打ち明けたつもりらしいエリオットには悪いが、もう少し詳しく説明してほしいところだ。
真っ赤な顔でこれ以上言わせるつもりなのかと震えるエリオットに「教えてください」と懇願する。するとエリオットは泣きそうな表情を浮かべながらも、逃げられないと悟ったらしく顔を背けながら答えてくれる。
「私は一度結婚を断られているが、ライボルト=ハイゲンシュタインは君と結婚するつもりだったんだろう? 私だって、無理に結婚を迫った自覚はあるんだ。だからこそ、夫婦にならずとも君と変わらぬ仲で居続ける彼が羨ましかったんだ……」
なんというか……それって「子どもみたい……って、あ!」
無意識に開いていた口を両手で押さえるも時すでに遅し。こんな狭い空間でエリオットの耳に届いていないはずがないのだ。
「子どもみたいで悪かったな! それでもずっと好きだったんだから仕方ないだろ!」
「え、好きって、誰が?」
「私が」
「誰を?」
「ユタリアを、に決まっているだろ! ユグラド王子がクシャーラ嬢を選んだと聞かされてからしばらくは夢か現実かも分からぬまま過ごしたんだ。それくらい、嬉しかったんだ……。初めて見た時から惹かれて、何度奪ってしまえればいいものかと考えたことか……」
エリオットからはもう恥ずかしがる様子は見られない。言葉遣いも若干崩れてしまっている彼は、もうそんなものとは吹っ切れたのだろう。その代わり、私の顔が真っ赤に染まっていく番である。
だって初めて見た時って10年近くも前のことでしょう? そんな時から想いを寄せられていたなんて……。
心臓がバクバクと今まで体験したことないくらい激しく震え初め、頭では何度も『好き』という言葉が繰り返される。
ロマンス小説のヒロイン達も同じ気持ちだったのかしら? 押し寄せる気持ちに口元を押さえ、目には嬉しさをふんだんに含んだ涙が浮かぶ。
「ユタリア?」
心配そうにのぞき込むその顔は愛おしい彼のもので、その男は私を好きなのだと告げてくれる。
まるで小説の中の出来事だ。
けれどここにいるのは絶世の美少女ではなく、白百合よりもサボテンが良く似合う私である。
けれどエリオットは白百合の面もサボテンの面も知っていて、それでもなお伝えてくれたのだ。
「嬉しい……です。エリオット様。私もあなたの事が好きです」
だから私も自分の思いを正直に伝えることにした。恥ずかしいけれど、きっとここで言わなければ後悔するから。
こうして結婚してから一年経って、ようやく思いを通じ合わせることが出来た私達はどちらともなく、抱き合った。お互いに相手の熱を感じたくて、その心地よさに身を任せていたのだった。
「そうだ。エリオット様、よろしければその本を返していただけませんか? あれはどれも借り物なので」
「……ユタリアの妹さんには私から返しておく」
「いえ、それはミランダからのだけではなく……」
ここまで言って、まぁいつもミランダ経由で借りたり返したりしているからいいかと口をつぐむ。
「ミランダさんだけではない……だと?」
するとエリオットは衝撃的な事実を聞いてしまったとばかりに頬をヒクつかせる。あの量だから相当な人数に借りてきたと、返す手間が想像以上にかかるかもしれないと、安請け合いをしてしまったことを後悔しているのだろう。
「そうなのですが、ミランダに渡せばあの子が返してくれると思うので……。いえ、やはり私が直接返しに行きます。借りたのも私ですし……」
「その中には、ライボルト=ハイゲンシュタインからの借り物もあるのか?」
「ライボルトから、ですか? はい、ありますが……」
なぜここでピンポイントにライボルトの名前が出るのだろう?
まさかまだライボルトに嫉妬しているとか?
いや、でもちゃんと私の気持ちは伝えたし、そんなことはないはずだ……と思いたい。もしくはそこまで私の交友関係は狭いと思われているのだろうか。事実、そんなに広くはないが。だがこうも真っ先に従兄弟の名前を挙げられると、複雑なものがある。確かにライボルトは読書の仲間ではあるが、やはり身内であることには変わりはない。
「やはり私が各方に返しに行こう。もちろんライボルト=ハイゲンシュタインにも」
「いえ、そんな手間をかけさせるわけには……」
『ライボルト=ハイゲンシュタイン』の名前をそんなにも強調するエリオット。やはりライバル視しているのではなかろうか。だが理由が分からなかった以前のように不安になることはもうない。それだけで私には大きな一歩である。
「手間ではない。後それと、ユタリア。読みたい本があったら今度からは私に言ってくれ。どんな本でも用意させる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
訂正する。前進したのは一歩どころではなかった。こればかりはゲンキンなものだと言われても構わない。
だが本解禁と共にどんな本でも用意させるとの約束までもらえて、エリオットを抱きしめて喜んでしまうほどに私は本が好きなのだ。