白百合なんて似合わない
4.
私のことを未だにユリアンナと呼ぶその男がこのブラントン屋敷を訪ねるのは、ユタリア・ユリアンナ騒動以来である。つまり私とはまだ数回しか顔を合わせていないのだが、一度でも顔を突き合わせてお茶した仲である。彼からは遠慮などカケラも見られない。代わりに気遣いは彼の手元にしっかりとある。
「『リオン』でケーキ買ってきたから食おうぜ?」
「ああ、休憩挟むか」
「ええ」
リガード、ナイス!と心の中でグッと親指を立てて、ルンルンと軽い足取りで客間へと向かう。だがこの男、持ってきたのはケーキだけではなかった。
「エリオット、お前の兄さん達から伝言だ。『子どもの練習具一式は両親が選ぶと今から騒いでいるから残しとけ』だそうだ。……お前が色んな商人を屋敷に呼びつけて子どもの品を選び続けているって俺の耳まで届いてるんだが、そろそろやめとけよ。ブラントンの家もだが、ハリンストンも選ぶ物もあるだろうし、それにユリアンナも参ってんだろ……」
「ゔっ……」
「リガード!」
ものすごくいいこと言ってくれた!
感謝の気持ちをこめてモンブランのてっぺんの栗をフォークで掬って、リガードのお皿にちょこんと乗せる。すると「お前も大変だなぁ」と言いつつも、リガードは嬉しそうな顔でマロングラッセを頬張った。相変わらず幸せそうに食べるなぁ〜と気持ちが少し和らいでいく。
それにしても引きこもり気味のリガードの耳まで届いているってことは、王都近郊の貴族には私達に子どもが出来たって知られているんじゃないかしら?
隠すことでもないし、お茶会と夜会を片っ端からキャンセルしだした時点で察している人もいただろうけど。
「ああそうそう、ユリアンナ。お前はしばらくこの屋敷から出てないから知らないだろうが、ライボルト=ハイゲンシュタインとリーゼロット=ペシャワールがお前達の子ども用の絵本を買い揃えているらしい」
「「は?」」
これには私だけではなく、エリオットも驚きの声を上げる。おそらく私達に子どもが出来たということはミランダから聞いたのだろう。ミランダもあの2人の読書仲間の1人だし、私と仲がいいのも知っているから伝えていたとしてもおかしな話ではない。だがまさか私の子ども用に絵本を買い揃えるなんて、なんとも2人らしい祝い方である。だがそうか……2人の推薦図書が贈られるとなれば我が子の絵本用の本棚を1つ用意しておかなければならないだろう。あの2人は赤児だろうと容赦はない。いいと思ったら惜しげもなく、名作を送りつけ仲間に引きずり込むのがあの2人の手口である。
おかげで何度名作に巡り会えたことだろうか! 全く感謝してもしきれない。
私に似た子どもなら確実に本好きになることだろう。そしてあの2人の推薦図書と私とミランダのオススメ本で深みにハマっていき……という未来が容易に想像できる。そしてエリオットに似たら朝から剣の稽古に励んでいることだろう。だったら剣術とか兵法とかの本も気に入るだろうし、そっちの本はこちらで集めなければ! となると、本棚は絶対1つじゃ足りないな。子ども達に買いたいものをこの10日間で私から口にしたことはなかったけれど、これは提案しなければならない。
子どもの教育及び娯楽に本と甘味は欠かせないのだから!
「だから絵本の枠も取っといてやれ。それに兄貴から聞いた話だとユグラド王子とクシャーラ王子妃も出産祝いを選び始めたらしい。それにこれから色んな家から子ども用にってたくさん送られてくると思うぞ? ちなみに俺からはこれな」
次々と新情報を投下したリガードは小さな黄色いリボンのついた袋を差し出してくる。
「開けてもいいかしら?」
「もちろん」
リボンの片方を引いて開いた口から見えたのはタオル地で作られたモンブランと小さな犬のぬいぐるみである。
「これなら口に入れても平気ね」
このモンブランにもしっかりと頭部にはマロングラッセに当たる黄色い固まりがデンと乗せられている、何ともリガードらしい品である。
「食べられないとわかっていても、ついつい口に入れようとするだろうからな! 本物はある程度大きくなってから、俺が美味い店のを食わせてやる」
「リガードのオススメの店のモンブランなんて絶対美味しいに決まってるじゃない! 期待しているわ!」
「まぁ後何年も後のことだけどな、期待しててくれ。……ってエリオット、そう睨むな。別にお前達の子どもを狙っちゃいないから」
恨めしそうなジトッとした目を向けるエリオットの背中を数回叩くとリガードはスクッと立ち上がった。
「じゃあ用事は済んだし、俺は帰る」
「今日はありがとう、リガード」
「ああ。そんじゃあエリオット、お前嫉妬ばっかりしてねぇで仲良くやれよ?」
「……わかってる」
リガードの帰宅後、彼からの忠告が効いたのか、エリオットは待たせていた商人を全て帰してくれた。エリオットの目が私から離れているうちに子供に向けて簡単に書かれた歴史本を購入したのは内緒である。彼のことだから私が欲しがっていると知っても止めることはないのだろうが、こんな初歩的なことから学んでいるとバレてしまうのは恥ずかしいのだ。エリオットが屋敷を離れている間に少しずつ読み続けていれば、一か月後には彼との話のタネも出来ることだろう。
――こうして10日に渡る屋敷でのお買い物祭りはお開きとなったのである。
私のことを未だにユリアンナと呼ぶその男がこのブラントン屋敷を訪ねるのは、ユタリア・ユリアンナ騒動以来である。つまり私とはまだ数回しか顔を合わせていないのだが、一度でも顔を突き合わせてお茶した仲である。彼からは遠慮などカケラも見られない。代わりに気遣いは彼の手元にしっかりとある。
「『リオン』でケーキ買ってきたから食おうぜ?」
「ああ、休憩挟むか」
「ええ」
リガード、ナイス!と心の中でグッと親指を立てて、ルンルンと軽い足取りで客間へと向かう。だがこの男、持ってきたのはケーキだけではなかった。
「エリオット、お前の兄さん達から伝言だ。『子どもの練習具一式は両親が選ぶと今から騒いでいるから残しとけ』だそうだ。……お前が色んな商人を屋敷に呼びつけて子どもの品を選び続けているって俺の耳まで届いてるんだが、そろそろやめとけよ。ブラントンの家もだが、ハリンストンも選ぶ物もあるだろうし、それにユリアンナも参ってんだろ……」
「ゔっ……」
「リガード!」
ものすごくいいこと言ってくれた!
感謝の気持ちをこめてモンブランのてっぺんの栗をフォークで掬って、リガードのお皿にちょこんと乗せる。すると「お前も大変だなぁ」と言いつつも、リガードは嬉しそうな顔でマロングラッセを頬張った。相変わらず幸せそうに食べるなぁ〜と気持ちが少し和らいでいく。
それにしても引きこもり気味のリガードの耳まで届いているってことは、王都近郊の貴族には私達に子どもが出来たって知られているんじゃないかしら?
隠すことでもないし、お茶会と夜会を片っ端からキャンセルしだした時点で察している人もいただろうけど。
「ああそうそう、ユリアンナ。お前はしばらくこの屋敷から出てないから知らないだろうが、ライボルト=ハイゲンシュタインとリーゼロット=ペシャワールがお前達の子ども用の絵本を買い揃えているらしい」
「「は?」」
これには私だけではなく、エリオットも驚きの声を上げる。おそらく私達に子どもが出来たということはミランダから聞いたのだろう。ミランダもあの2人の読書仲間の1人だし、私と仲がいいのも知っているから伝えていたとしてもおかしな話ではない。だがまさか私の子ども用に絵本を買い揃えるなんて、なんとも2人らしい祝い方である。だがそうか……2人の推薦図書が贈られるとなれば我が子の絵本用の本棚を1つ用意しておかなければならないだろう。あの2人は赤児だろうと容赦はない。いいと思ったら惜しげもなく、名作を送りつけ仲間に引きずり込むのがあの2人の手口である。
おかげで何度名作に巡り会えたことだろうか! 全く感謝してもしきれない。
私に似た子どもなら確実に本好きになることだろう。そしてあの2人の推薦図書と私とミランダのオススメ本で深みにハマっていき……という未来が容易に想像できる。そしてエリオットに似たら朝から剣の稽古に励んでいることだろう。だったら剣術とか兵法とかの本も気に入るだろうし、そっちの本はこちらで集めなければ! となると、本棚は絶対1つじゃ足りないな。子ども達に買いたいものをこの10日間で私から口にしたことはなかったけれど、これは提案しなければならない。
子どもの教育及び娯楽に本と甘味は欠かせないのだから!
「だから絵本の枠も取っといてやれ。それに兄貴から聞いた話だとユグラド王子とクシャーラ王子妃も出産祝いを選び始めたらしい。それにこれから色んな家から子ども用にってたくさん送られてくると思うぞ? ちなみに俺からはこれな」
次々と新情報を投下したリガードは小さな黄色いリボンのついた袋を差し出してくる。
「開けてもいいかしら?」
「もちろん」
リボンの片方を引いて開いた口から見えたのはタオル地で作られたモンブランと小さな犬のぬいぐるみである。
「これなら口に入れても平気ね」
このモンブランにもしっかりと頭部にはマロングラッセに当たる黄色い固まりがデンと乗せられている、何ともリガードらしい品である。
「食べられないとわかっていても、ついつい口に入れようとするだろうからな! 本物はある程度大きくなってから、俺が美味い店のを食わせてやる」
「リガードのオススメの店のモンブランなんて絶対美味しいに決まってるじゃない! 期待しているわ!」
「まぁ後何年も後のことだけどな、期待しててくれ。……ってエリオット、そう睨むな。別にお前達の子どもを狙っちゃいないから」
恨めしそうなジトッとした目を向けるエリオットの背中を数回叩くとリガードはスクッと立ち上がった。
「じゃあ用事は済んだし、俺は帰る」
「今日はありがとう、リガード」
「ああ。そんじゃあエリオット、お前嫉妬ばっかりしてねぇで仲良くやれよ?」
「……わかってる」
リガードの帰宅後、彼からの忠告が効いたのか、エリオットは待たせていた商人を全て帰してくれた。エリオットの目が私から離れているうちに子供に向けて簡単に書かれた歴史本を購入したのは内緒である。彼のことだから私が欲しがっていると知っても止めることはないのだろうが、こんな初歩的なことから学んでいるとバレてしまうのは恥ずかしいのだ。エリオットが屋敷を離れている間に少しずつ読み続けていれば、一か月後には彼との話のタネも出来ることだろう。
――こうして10日に渡る屋敷でのお買い物祭りはお開きとなったのである。