元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
これくらい脅せば大丈夫でしょ。そう思っていた時、誰かの手が私の肩に置かれた。
「よ、テトラ」
「あら、旦那様」
いきなりのエヴァンのご登場に、周りは驚きを隠せていないようでざわざわしている。
「近くを通ったから迎えに来ちゃった」
「あら、でも今日は本店に行くと言ってませんでした? ここ、通り道じゃないですよね」
「あ、バレた? テトラに会いたくて来ちゃったんだ。それより、濡れてるな。大丈夫か?」
そう言いつつ、上着を脱いで私の肩にかけてくれた。これ、濡れちゃいますよ?
「暑かったので」
「暑かった? 熱でもあるのか。昨日の夜は無理させたからな。寝不足だろ。風邪を引く前に早く帰ろうか」
……おい、何言ってるんだよ。確かに昨日話し込んじゃって夜遅かったけどさ。
「……せっかく旦那様が迎えに来てくれたから、これで失礼するわね」
「……今日は、ありがとうございました」
「えぇ、楽しかったわ」
小さなルイシア嬢の声。あーあ、泣きそうに……と、思っていたその時。
「テトラ」
「んっ!?」
あろう事か、ご令嬢達の目の前で、エヴァンがキスをしてきたのだ。
「行ってきますのキス、しなかったろ」
「……旦那様が寝坊したからでしょ」
「ごめんごめん。さ、帰ろっか」
と、私を抱き上げたのだ。
「……重いでしょ」
「鍛えてるからこれくらいなんて事ないぞ」
「そこは、軽いって言うところですよ。レディに失礼です」
「おっとそりゃ失礼」
……なんて事してくれるんだこのやろう。恥ずかしすぎて顔から火吹きそうなんですけど。ここには何人もご令嬢やご令息達がいるから平常心で頑張ったけれど。
それにしても、私よくやった。いきなり言われたのにちゃんと会話出来てた。だって旦那様今日寝坊してないし。あ、まぁ、この人寝坊もしますよって言ってしまったもんだけどさ。
そうして、エヴァンが乗ってきた馬車になんとか乗った。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
と、椅子に座りつつ馬車の壁に寄りかかった。ちーん、という効果音が聞こえそうだ。
「大丈夫かーテトラー」
「……やってくれましたね」
「あれぐらいの演出、しといた方がいいだろ? 瞬く間に広がるだろうな、社交界に。大公家ご夫妻はラブラブだって。他人の付け入る隙は全くないってな」
「……」
あ、はい、そうですか。私は死にそうですけどね。またお茶会とかに呼ばれてお貴族様達の前で平常心でいられるか自信ないんですけど。恥ずかしすぎて死にそう……
「テ〜トラちゃん、恥ずかしがっちゃって〜。可愛いやつめ」
「うるさいですよ」
「壁に寄りかかるよりこっち来い」
隣に座ってるエヴァンに体を引っ張り彼に寄りかかってしまった。
そして、ハンカチで頭を拭いてくれる。あ、水ぶっかけられたんだった。
「ったく、さてはあいつらを煽ったな?」
「お嬢さん達はちゃんと教育されてないみたいだったんで、教えてあげただけです。まっ、熱い飲み物をぶっかけられなかっただけマシじゃないですか」
「おいおい、それじゃあ火傷だろ。傷害罪と不敬罪で逮捕、あとは俺の方から損害賠償請求になるぞ」
うわぁ、怖っ。まぁ、大公夫人に火傷させるんだから、そうなるよね。
「俺はお茶会って聞いてたんだけど、あんな中で堂々と立ってるテトラ、カッコよかったよ。よく頑張りました」
話聞いてないくせに。私、だいぶ煽ってましたけど。
「……子供扱いですか」
「は? なんで自分の嫁を子供扱いするんだよ。おかしいだろ」
「あ、はい、そうですか……」
分かってないでやってる? まぁ、その気がないならいいけど。
けど、なんか視線を感じる。
「……何です?」
「ん? ただ、好きだなぁ、って思っただけ」
「……」
は? す、好き?
「可愛いのはもちろんだけど、全然他のご令嬢達と違うから予測出来ない事ばっかりするしさ。そんでもって男前ときた。ただの政略結婚ではあったけど、俺としてはこのままの関係だと我慢出来ないなぁ、って思っただけ」
「……」
「なに、照れた? そこは私もって言ってくれると嬉しいんだけど」
「……」
「それとも、まだ足りないのか? なら……――〝愛してる〟」
そう、耳元で囁かれた。
「っっっっ!?」
「ははっ、こんな事をこの俺に言わせるなんてだいぶ欲張りだな? なら、それ相応のものを返してもらわないと割に合わないな」
「え……」
そ、それ相応……?
「テトラ、俺の事、好き?」
……今、なんて言った? え? 俺の事、好き? 私に聞いてるの!? 私に!?
「あ~らら、テトラちゃん真っ赤になっちゃって。か~わい」
むぎゅっと両手で私の顔を包んでくるエヴァン。そして、キスをしてきた。
「まっ、今はこの顔で満足するか。あとで可愛く言ってくれよ」
「っっっ!?」
……私、どうしたら、いい?