元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

「えいっ!!」

「うぐっっっ!?」


 思いっきり、男の股間を蹴ってやった。思った通り、男は股間を手で押さえたもだえ苦しんでいる。今だ!! ときょろきょろ部屋を見てドアを見つけて走り部屋を出た。

 男が入ってきた場所を耳で確認しておいてよかった。あと、目隠しを取ってくれたことと、足を縛らないでおいてくれたことが災難だったわね。

 早く逃げなきゃ!! そう思いつつ、ドアの先にあった廊下を右に進んだ。どっちか分からないけれど早くこの部屋から離れなきゃっ! いつあの男が動けるようになるか分からない。

 ここはどこかの屋敷みたいな所じゃないみたい。古っぽいけれど、ドアがいくつもある。ここは一階じゃなかったみたいで、下に続く階段を見つけた。急いで、静かに降りるけれど……人はいない、よかった。早く行かなきゃ!

 でも、どこが出口なのか分からない。どこだろうどこだろうと彷徨っていると、足音が聞こえてきた。アイツが私を探し出したようだ。

 やばいやばいと近くにあった、鍵のかかっていないドアを開け、中に入った。よかった、中に誰もいない。すぐに内鍵をかけた。

 ここには明かりがある。部屋の中をもう一度見てみると……ベッドと、ローテーブルと、ソファー。あとは、木の小箱? 南京錠がかかってる。きっと中に入ってるのは貴重なものね。

 けど、ローテーブルにあるこの紙。一体何だろう……!?

 あれ、なんか、私の名前、書いてありません……? これ、二枚重ねて留めてあるみたいだけど……なんだろう、これ……っ!?


「きゃぁ!?」

「見つけたぞっ!!」


 その紙に夢中になっていたからか、私は気が付くのが遅れてしまった。後ろから、あの男が迫ってきていた事を。髪を掴まれて頭皮が痛い。しかも、首には銀色に光る……ナイフ。これは、非常にマズい……


「ったく、あの小娘……ただの夫人じゃねぇじゃねぇか!」


 こ、小娘……?

 さっき、私の事を小娘って言ってたけど、この言い方だともう一人小娘がいるって事よね。じゃあその人は誰?

 私を誘拐したのがこいつだったとして、じゃあ、それをお願いした人がいるとしたら……


「普通なら震えあがって動けないはずなのに、油断したぜ」

「っ……」

「よくもやってくれたな。結構効いたぜ? だが二度目はない。まぁ、強気な女も俺は好みだ」


 やばい、やばい、少しでも動いたら、このナイフが……

 そう思うと、カタカタと身体が震えてくる。頭皮も痛い、死にたくない。けど、一番は……

 エヴァン……

 そう思うと、視界が歪んでくる。諦めるな、なんて言葉があるけれど、もう私じゃ、これ以上は……

 そう思っていた、次の瞬間。いきなり大きな音がした。


「ぇ……」

「なっ!? てめぇらっ!!」


 私が背を向けているドアの方から音がした。そして、私にナイフを向けている男の怒鳴り散らす声。あとは……


「テトラっ!!」


 私が、ずっと聞きたかった声。

 頭皮が痛くなくなり、足に力が入ってなくてぺたりと床に座り込んだ。あれ……男は? そう思ったら、床に何かを叩きつける音と……


「ぐぁぁっ!?」


 さっきの男の声がした。

 ふと首を抑えるけれど、痛くない、血も出てない。大丈夫、切られてない。その事に安心していると……暖かいものに包まれた。


「テトラっ!!」

「……え」


 私を抱きしめてきた、エヴァンだった。珍しく焦ったような声だ。


「ったく……冷や冷やさせんな」

「うぅ……」

「怪我はないか」


 そんな、優しいエヴァンの声に、自分が助かったことへの安堵感が生まれてきた。それと同時に、数日前からずっとあまり話してなかったから、久しぶりのエヴァンに安心した。
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