元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を横臥する!

 ようやく出たらメイドさんが待っていた。いるなら声かけてよ、と言いたいところではあったけど……そういえばこれから初夜だったということに気がついた。いや、ニコニコなんだけど。変なやつ着せたりとかしないよね。

 ドキドキではあったけど、普通のパジャマが用意されていた。足元まであるワンピースではあるんだけど、胸元が紐なんだよなぁ……これ引っ張ったら脱げちゃう。いや、勘弁して。


「お、来たか」

「……お待たせしました」


 ソファーで足組みをして、何かの書類を見ていた旦那様。忙しいのかな。お疲れ様です。

 ……それより、ホテルにありそうな白いバスローブを身にまとっているけれど……色気ヤバすぎ。何このイケメン。彫刻か? 彫刻だよな?

 なんて思いつつも平常心で向かい側のソファーに座った。


「あの、この前はありがとうございました。ウチの支援をしてくださって、領民達も助かりました」

「あぁ、あれか。あれは執事が提案したんだ。俺は許可しただけだから、礼ならあいつに言ってやれ」


 言いましたけど旦那様に言ってあげてくださいって言われたんだよなぁ。まぁ、一応言ったんだからいっか。


「大寒波だったりとで困ってたんです。でも結婚話が来てだいぶ助かりました」

「それも、国王陛下に言ってやれ。俺じゃない」

「……」


 私、この人に何言ったらいいんだろ。会話が続かないんですけど。


「あ、婚約指輪ありがとうございました。数日間しか付けてなかったんですけど、嬉しかったです」

「そうか。選んだのは執事だけどな」

「……」


 あの、執事さんに丸投げしてません? あ、まぁこの人視察行ってたらしいけどさ。その後急いで帰ってきたんでしょ? でもバックれる可能性があったわけだし。おお怖っ。


「ぷっ」

「っ!?」


 いきなり吹き出した、旦那様。え、なになに。私何かおかしなことした?


「そんな呆気に取られた間抜け顔、いいな」

「……」


 ようやく書類から目を離してこっちを見たと思ったら、なんでこんなこと言われなきゃいけないのよ。なに、間抜け顔? そっちがそんなこと言うからじゃない。


「……お気に召したようで光栄です。でもあれ、宝石ですよね?」

「ブルートパーズ。ウチの鉱山で取れる宝石だ」

「……マジですか」

「もったいないとでも思ってるなら部屋のインテリアにでもしとけ」

「……はい」


 宝石を、インテリアに……いいのか? そんな使い方して。宝石だぞ? 宝石。


「宝石箱でも買ってやろうか」

「……」

「お前本当にご令嬢か? そこは喜ぶところだろ」

「……」


 私、結構馬鹿にされてない? ここ、怒るところだよね。でも相手は旦那様だし、流石にね……

 しかも、結婚指輪だって宝石だ。婚約指輪と同じで水色だけど、これなんの宝石なんだろ。


「そっちはアクアマリン。上等のものを使ってやったんだから感謝してもらいたいくらいなんだけど?」

「……ありがとうございます」

「なんだよ、嬉しくないのか」

「扱い方がまるっきり分かりません」

「別に気にしなくていいだろ」


 いや、気にするって。上等の宝石なんでしょこれ。こっちこそ外してインテリアにしたほうがいいって。

 そう思いつつ左手の薬指に嵌められた指輪を眺めていたら……隣に旦那様が座っていたことに途中で気がついた。

 そして、髪をひと束取って触りだした。


「マジで水色だな。ふわふわで触り心地最高」

「……水色が好きなんですか?」

「まぁな」

「……その、王命で決まった結婚、で合ってます……?」

「合ってる。最近縁談が流れるように入ってきてうんざりしててな。全部蹴り飛ばしたら陛下に聞かれたんだ。だったらどんなやつがいいんだ、ってな。だから、宝石やらドレスやらに無駄遣いして香水臭く猫撫で声を聞かせてくるようなご令嬢はごめんだと言ってやったんだ」

「……なるほど、それはキツイですね」

「だろ? で、余裕ぶっこいて視察に行ったら王命で結婚をこじつけられてな。しかも俺の好みのご令嬢ときたわけだ。流石にそんな理想のご令嬢なんていないだろって思ってたが、よく見つけたよな」

「……」


 いや、知りませんって。まぁ、私デビュタント以外で社交界に顔すら出さなかったから、存在感すらなかったようなものだしなぁ。旦那様が知らないのも頷ける。


「……好み、ですか」

「水色の長髪で、アクアマリンみたいな瞳。そんでもって背がちょっと高めで可愛い系の女の子」

「……」


 か、可愛い系、ですか……どこにそんな可愛い系の要素が?


「……今すっぴんですけど」

「化粧で化けたって言いたいのか? 安心しな、そんなこと思ってないから」

「あ、はい、そうですか……」


 髪を触りつつも顔まで覗き出した旦那様。いや、恥ずかしいのですが。ほっぺた触らないで、お願いだから。このイケメンめ、なんてことしてくれるんだ。

 まぁでも、バックれられなかったのだから、いっか。バックれられたら今まで支援してくれたやつの返還とか言われそうだし。あいつらに借金してきた額の何十倍よ。やばいって、一生かかっても返せないわ。


「……その、旦那様って商会の商会長なんですよね?」

「そう。王族御用達のこの国一の商会の取締役商会長だ」

「へぇ……」

「なんだよ、聞いておいてその興味なさは」

「いや、商会とかって嫌なイメージばかりなので」

「変なやつと一緒にするなよ。今度本店に連れてってやるから楽しみにしてろ」

「見ても私よく分かりませんよ?」

「一緒に行ってやる」

「お忙しいのでは?」

「嫁に時間をかけない旦那がどこにいるんだよ。そもそも、そんなに忙しくなるほど仕事を溜めるような馬鹿じゃない」

「……わーい、楽しみにしてますね」

「おい、もうちょっと楽しそうにしろよ。棒読みにも程があるだろ」


 いや、なんか、私としては農作業用の工具とかしか興味ないし。でもオデール大公夫人が農作業用の工具を見てたら、周りの目はあんまりよくないし。


「……宝石と苗どっちがいいんだ」

「苗!」

「……はぁ、しょうがないな。そっちを用意してやるよ」


 え〜やった! 苗ってところが物足りなくはあるけれど、それでも土いじりをさせてくれるのであれば万々歳ね! うわ〜嬉しい!

 隣の誰かさんはジト目でこちらを見てくるけど無視無視! やばいめっちゃ嬉しい!


「……だいぶご機嫌だな」

「ありがとうございますっ!」

「はいはい、すぐ手配するから待ってろ」


 やったぁ〜! なぁんだ、旦那様優しい人じゃない! めっちゃ怖い人だと思ってたけどよかった!


「肥料は? シャベルはありますか?」

「はいはい、用意してやる」

「やったぁ!」


 うわ〜すっごく楽しみっ! ここに来てからそういう系を何もさせてもらえずうずうずしてたんだよね。けど許してもらえるなんて思いもしなかった! 嬉しい!


「はぁ、ウチの庭と温室も好きなように使え。だけど無理はするなよ。執事たちの言うことをちゃんと聞くこと、いいな?」

「はーい!」

「返事だけはご立派だな」


 もう楽しみすぎてやばい。

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