水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
2.

 早速ユーリスはどこからかお金の入った袋を取り出して、父と母の前にそれをズドンと音を立てながら置く。
 そして用は済んだとばかりに私の手を強引に引いて立ち上がらせた。

「さっさと行くぞ」
「行くって馬車も何もないのにどこに行くって言うのよ」

 それはユーリスへの拒絶ではなく、単純なる疑問だった。
 この村は空気もいいし、人も優しいし、作物はよく育つが、いかんせん都市部からものすごく離れている。水晶が選んだんだかなんだか知らないが、よくもまぁわざわざこんな辺鄙な場所に、王国のお抱えとかいう人が馬車もなしに来たなぁと感心してしまうくらいである。

「馬車なんてものなくとも魔法を使えばすぐに屋敷には着く。早く捕まれ」
「ふーん、そういうものなの? あ、妹と弟にお別れしてくるからちょっと待ってて」
「ちっ……」

 ユーリスにとって水晶に選ばれた私は彼と対等の立場にいるのか舌打ちはしたものの、弟妹達にお別れの言葉とこれからは私が居なくてもちゃんとお手伝いするようにと言い聞かせている間、横槍を入れることはなかった。

「終わったのか?」
 全てを終わらせてユーリスの元へと駆け寄ると彼は私に尋ねた。

「あ、持っていった方が良いものとかあれば教えてちょうだい。今から取ってくるから」
「生活に最低限必要な物はすでにこちらで揃えてある。屋敷に来てから足りないものがあるなら使用人に伝えば買い足させる」
「そう、なの?」

 妙に用意が良いものだと感心しているとユーリスは馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らした。

「勘違いするなよ。お前など水晶の選んだただの飾りのような物なのだから」
「勘違い? 何の?」
「…………まぁ、いい。行くぞ」

 言葉の意味がよくわからないと首を傾げる私にユーリスは目を細めた。
 その目にほんの少しだけ涙が浮かんでいたようにも見えたのだが、すぐに初めての転移魔法というものを経験した私にはそれを確認するすべはなかった。



「ここ、は? うっ……」
 見慣れぬ、いかにも高価そうなお屋敷の中へと移動した私は、突如として身体を襲って来た吐き気と格闘することとなった。
 見慣れたはずのクルクルとカールした赤茶色の前髪が目の前をユラユラと揺れるたびに世界が大きく揺れているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

「転移酔いか。ほら、薬を飲め」
「うぅ……」
 ユーリスに差し出された薬と水をありがたく飲み干すとその吐き気は嘘のように引いていく。

「はぁ……ありがとうございます」
「こんなところで吐かれでもしたら迷惑だからな」
 絨毯一つとってもその値段に目玉が飛び出るだろうこのお屋敷の中で、いやそうでなくとも他人の家の中では三本の指に入るほどの迷惑行為であることは私とて理解をしているのだが、そう言われると無性に腹が立つ。
 私だって別に好きで転移酔いとやらをしているわけではないのだ。
 もしも馬車や馬などの、いたって普通の移動手段でこのお屋敷にたどり着いたのならば酔ったりなどしなかったはずなのだ。

「……すみません」
 湧き上がる数多くの感情を腹のなかに押し込めて、頭の中で家に残して来た5人の弟妹の笑顔を思い出し、そしてお姉ちゃん頑張るからねと告げる。
 さすがに来て早々、ユーリスと喧嘩をおっぱじめるつもりはさらさらない。出来ることなら平穏な日常を送りたいのだ。
 頭を下げた私のツムジを見た彼はやがてその話題には興味がなくなったようにその場から歩き始める。

「ついてこい、お前の部屋に案内する」


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