水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
3.
「ひっろ!」
案内されたそこは私達6人兄弟が身を寄せ合って眠る寝室よりも遥かに広く、我が家にある部屋の中から大きな三つ選び出し、その部屋の壁を全てぶち抜いたほどの広さがあった。
「気に入ったか?」
その声さえも耳に入らないほど年甲斐もなくはしゃぐ私の目に付いたのは窓際に位置する天蓋付きのベッド。絵本の中でしか見たことのなかったかそれは実在することすら知らなかった。そのベッドもやはり大きく、私とユーリスの2人で使っても余るほど。
「ユーリスはベッドの右側がいい? それとも左側?」
ついに抑えきれずにベッドに飛び込んだ私はドアの前で佇んだままのユーリスの意見を仰ぐ。すると帰って来たのは私とは対照的にひどく落ち着いた声音の回答だった。
「そのベッドはお前のものだ。私は私の部屋のベッドで寝る」
「夫婦になるんじゃないの?」
『夫婦』といえば真っ先に浮かぶのは父と母であり、両親は揃って同じベットで夜を共にしていた。……私達兄弟6人は3人ずつに分かれ、2つのベットで寝ているから単純に家が狭いという理由もあるのだろうが。それでも以前、隣村のお姉さんに貸してもらって読んだ本の中に登場していた夫婦もまた同じベッドで寝るという記載があったから知識に間違いはないはずだ。
「あくまで飾りの、な。夜を共にするつもりはない」
「つまりそれは……このベッドを独り占めに出来る、と?」
「そうなるな」
「え、どうしよう? どこで寝よう? 右? 左? いやここは欲張りに真ん中で寝るべき?」
後で思い返せば恥ずかしさで穴に入りたくなるほどなのだが、この時の私は初めての大きなベッドに、ユーリスの呆れたような目を向けられようがその興奮を抑えることが出来なかった。
なにせ生まれてこの方、一度だってベッドを独占できたことはない。
幼い頃は父と母のベッドで、そして大きくなってからは一番下の弟妹と共に寝るのが長女たる私の仕事だった。それが嫌ではなかったけれど、でも1人のベッドというものは憧れだった。
それも腕に体重をかければすぐに沈んでしまうほどフッカフカの布団である。長年、複数人分の体重を支え続けたせいでペタンコになってしまった我が家の布団とは全然違うのだ。
「美味しいですね」
「普通だろう」
用意された食事を頬張りながら、私をユーリスの妻となるように選んでくれた水晶に感謝していた。
あれから数日が経ち、すっかりこの家に慣れた私は現金ではあるが、一家が生涯安泰に暮らせるほどの大金と大きくてフッカフカなベッド、そして何よりほっぺたが蕩けてなくなってしまいそうなほどに美味しい食事の数々により早くもダメ人間と化していた。
人というのは恐ろしいもので、堕落していくまでにそう時間はかからないのだ。
畑を耕さなくてもいいし、遅くまでベッドで寝ていていいし、何より弟妹の手本とならなければと気を張っている必要もない。
この屋敷に来てからというもの、私に求められるのはたった一つ、『この屋敷に居ればいいこと』だった。
戸籍上はユーリスの妻となり、名前はルピシア=シェガールからルピシア=ハルビオンに変わったとはいえ、私が『妻』としての役割を果たせと言われたことはない。
家事も掃除も洗濯も、その一切合切を使用人と呼ばれる方々が引き受けてくれるのだ!
手伝おうとすると止められ、時間を持て余した私は一日中愛しのベッドと共に過ごしている。
そんな私の中で水晶の位置付けはよくわからないものから、いい仕事をしてくれた球に変わった。
グッジョブ、水晶!
何なら感謝の意味を込めて毎日ピッカピカに磨き上げたいくらいなのだが、どうやら水晶というものは大変高価で、なおかつ貴重なものであるらしく、その申し出は即却下された。代わりにそんな時間があるなら一緒に食事をとれとよくわからない交換条件が提示され、私の食事の時間はお腹がすいた時間からユーリスに合わせた、毎日決まった時間へとずらされた。
この方が用意する側としても楽だからだろう。
だだっ広い部屋の中で、私達2人が使うには十分なテーブルでの一日3度のご飯はその日から私達夫婦の日課となった。
「ひっろ!」
案内されたそこは私達6人兄弟が身を寄せ合って眠る寝室よりも遥かに広く、我が家にある部屋の中から大きな三つ選び出し、その部屋の壁を全てぶち抜いたほどの広さがあった。
「気に入ったか?」
その声さえも耳に入らないほど年甲斐もなくはしゃぐ私の目に付いたのは窓際に位置する天蓋付きのベッド。絵本の中でしか見たことのなかったかそれは実在することすら知らなかった。そのベッドもやはり大きく、私とユーリスの2人で使っても余るほど。
「ユーリスはベッドの右側がいい? それとも左側?」
ついに抑えきれずにベッドに飛び込んだ私はドアの前で佇んだままのユーリスの意見を仰ぐ。すると帰って来たのは私とは対照的にひどく落ち着いた声音の回答だった。
「そのベッドはお前のものだ。私は私の部屋のベッドで寝る」
「夫婦になるんじゃないの?」
『夫婦』といえば真っ先に浮かぶのは父と母であり、両親は揃って同じベットで夜を共にしていた。……私達兄弟6人は3人ずつに分かれ、2つのベットで寝ているから単純に家が狭いという理由もあるのだろうが。それでも以前、隣村のお姉さんに貸してもらって読んだ本の中に登場していた夫婦もまた同じベッドで寝るという記載があったから知識に間違いはないはずだ。
「あくまで飾りの、な。夜を共にするつもりはない」
「つまりそれは……このベッドを独り占めに出来る、と?」
「そうなるな」
「え、どうしよう? どこで寝よう? 右? 左? いやここは欲張りに真ん中で寝るべき?」
後で思い返せば恥ずかしさで穴に入りたくなるほどなのだが、この時の私は初めての大きなベッドに、ユーリスの呆れたような目を向けられようがその興奮を抑えることが出来なかった。
なにせ生まれてこの方、一度だってベッドを独占できたことはない。
幼い頃は父と母のベッドで、そして大きくなってからは一番下の弟妹と共に寝るのが長女たる私の仕事だった。それが嫌ではなかったけれど、でも1人のベッドというものは憧れだった。
それも腕に体重をかければすぐに沈んでしまうほどフッカフカの布団である。長年、複数人分の体重を支え続けたせいでペタンコになってしまった我が家の布団とは全然違うのだ。
「美味しいですね」
「普通だろう」
用意された食事を頬張りながら、私をユーリスの妻となるように選んでくれた水晶に感謝していた。
あれから数日が経ち、すっかりこの家に慣れた私は現金ではあるが、一家が生涯安泰に暮らせるほどの大金と大きくてフッカフカなベッド、そして何よりほっぺたが蕩けてなくなってしまいそうなほどに美味しい食事の数々により早くもダメ人間と化していた。
人というのは恐ろしいもので、堕落していくまでにそう時間はかからないのだ。
畑を耕さなくてもいいし、遅くまでベッドで寝ていていいし、何より弟妹の手本とならなければと気を張っている必要もない。
この屋敷に来てからというもの、私に求められるのはたった一つ、『この屋敷に居ればいいこと』だった。
戸籍上はユーリスの妻となり、名前はルピシア=シェガールからルピシア=ハルビオンに変わったとはいえ、私が『妻』としての役割を果たせと言われたことはない。
家事も掃除も洗濯も、その一切合切を使用人と呼ばれる方々が引き受けてくれるのだ!
手伝おうとすると止められ、時間を持て余した私は一日中愛しのベッドと共に過ごしている。
そんな私の中で水晶の位置付けはよくわからないものから、いい仕事をしてくれた球に変わった。
グッジョブ、水晶!
何なら感謝の意味を込めて毎日ピッカピカに磨き上げたいくらいなのだが、どうやら水晶というものは大変高価で、なおかつ貴重なものであるらしく、その申し出は即却下された。代わりにそんな時間があるなら一緒に食事をとれとよくわからない交換条件が提示され、私の食事の時間はお腹がすいた時間からユーリスに合わせた、毎日決まった時間へとずらされた。
この方が用意する側としても楽だからだろう。
だだっ広い部屋の中で、私達2人が使うには十分なテーブルでの一日3度のご飯はその日から私達夫婦の日課となった。