水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
4.
食事以外は自室に篭りっぱなしのユーリスの仕事は既存の魔法の研究をして、新たな発見をすることらしい。
適当に探し出した話題で手近だったユーリスの仕事について話そうとすると「魔法の研究だ」と早々と切り上げられた。そこのところを詳しくは教えてくれないのはおそらく私がお飾りの妻というやつだからだろう。飾り物なのだから深くは干渉してはならないのだ。
この屋敷に来てから1週間が経過し、眠り続けることにも飽きて来た私は実家に残して来た家族と畑が異様に恋しく思えてならない。一度ダラけてみてわかったのだが、私は誰かに世話を焼かれることより焼くことの方が性に合っているらしい。
だがここには私の世話を焼いてくれる人は何人だっているけれど、私に世話を焼かれてくれる人もものもない。
「畑欲しいって頼めば用意してくれたりとかしないかな?」
ついつい口から願望を漏らした私は、そんな突飛な頼み事でも魔導師なら何でも出してくれるのでは?とほんの少しだけ期待してしまっていた。というよりも窓から外を眺めても屋敷の外に囲いが見えないほどなので、相当大きな敷地なのではと踏んでいる。ところどころに木や花は植わっているものの、土地は余っているように見える。
ならば畑のスペースくらい作ってくれるんじゃないか――と、ものは試しだと食事中に切り出してみることにした。
「ユーリス、畑が欲しいわ」
「ぶっ……」
切り出してみたところユーリスは見事に飲んでいたコーンスープを吹き出した。その飛距離は中々のもので、私の手元まで飛んで来た。
これには5人もの兄弟のオムツ替えから教育、洗濯までを執り行ってきた私も「汚い」と口にせずにはいられない。すぐさま私の元に用意されていた食事は下げられ、ユーリスには口を拭うためのナプキンが用意される。
ナプキンで口を覆うとひとしきりゴホゴホと咳き込み、そしてようやく治った頃に水を飲むと彼は再び口を開いた。
「今、なんと言った?」
「畑が欲しいです、と。窓から見た限り土地も余っているようですし、隅の方でいいのでスペースをいただければと」
「……花壇じゃダメなのか?」
「花だけじゃなく、野菜も育ててもいいのなら花壇でもいいわ」
この屋敷の敷地内の花壇には当然なのかもしれないが、花のみが植わっていて、この1週間では野菜は発見できていない。もちろん窓から見下ろす形となっているため、見えていないだけであるのかもしれないが、一応家主の了承は取っておいた方がいいだろう。……そう思っての申し出なのだが、ユーリスの顔は驚きから、一気に戸惑いに満ちていった。
「野菜……か」
「野菜です。花壇でというならピーマン、トマト辺りを植えてみようかと」
「却下だ」
まるで私の言葉だけでなく、考えさえも遮るようなスピードで打ち出されたその言葉は異論の余地すら残していない。
「やっぱり野菜はダメかしら……」
「せめてフルーツにしろ、フルーツに。あれは甘くていい」
「は?」
「野菜は、その……苦いだろう」
その言葉についつい言葉を失ってしまった。
景観的問題から、ではなく、まさか野菜は苦いから嫌だという理由で却下されるとは思わなかった。だがその反面でフルーツならいいと、食べてくれると言っているのだ。
ユーリスは分かっていてそう言っているのかはわからないが、彼は出来ても、植えてすらないその食べ物のことで顔をしかめているのだ。
それはなんとも作り手冥利に尽きる。
「なら野菜とフルーツ、一緒に育てることにしますよ」
「……フルーツだけでいいだろ」
「何種類も植えたいじゃないですか」
「そういうものか? いや、でも野菜はなぁ……」
チラリとユーリスの皿を覗くとそこに入っている野菜は私の皿よりも明らかに野菜の量も種類も少ない。これだけ拒絶するだけあって野菜が嫌いなようだ。
「野菜は苦いだけじゃないですって。好きな野菜とかないの?」
「ジャガイモとニンジンなら……」
「ニンジンは好きなのね」
2番目の弟はあの味が嫌いだと食卓に並ぶたびに食べたくないと駄々をこね、食べられるようになるまで色々と工夫を凝らしてやっと3年ほど前に自主的に食べさせることに成功した。3番目の妹もあまり好きではないらしく、明らかに嫌な表情を作ってから口に運んでいるほど。
野菜嫌いではない2人が嫌うほどのニンジンならば野菜嫌いのユーリスは嫌うはずだと勝手に思っていたのだが、そうでもないらしい。
ユーリスは私の反応に少し考えるような仕草をとってから小さく口からこぼれ落とす。
「…………ああ。あれは、甘いからな」
そう答えるユーリスの表情はどこか寂しげで、青々しい緑の瞳が深みを増しているような気がした。
食事以外は自室に篭りっぱなしのユーリスの仕事は既存の魔法の研究をして、新たな発見をすることらしい。
適当に探し出した話題で手近だったユーリスの仕事について話そうとすると「魔法の研究だ」と早々と切り上げられた。そこのところを詳しくは教えてくれないのはおそらく私がお飾りの妻というやつだからだろう。飾り物なのだから深くは干渉してはならないのだ。
この屋敷に来てから1週間が経過し、眠り続けることにも飽きて来た私は実家に残して来た家族と畑が異様に恋しく思えてならない。一度ダラけてみてわかったのだが、私は誰かに世話を焼かれることより焼くことの方が性に合っているらしい。
だがここには私の世話を焼いてくれる人は何人だっているけれど、私に世話を焼かれてくれる人もものもない。
「畑欲しいって頼めば用意してくれたりとかしないかな?」
ついつい口から願望を漏らした私は、そんな突飛な頼み事でも魔導師なら何でも出してくれるのでは?とほんの少しだけ期待してしまっていた。というよりも窓から外を眺めても屋敷の外に囲いが見えないほどなので、相当大きな敷地なのではと踏んでいる。ところどころに木や花は植わっているものの、土地は余っているように見える。
ならば畑のスペースくらい作ってくれるんじゃないか――と、ものは試しだと食事中に切り出してみることにした。
「ユーリス、畑が欲しいわ」
「ぶっ……」
切り出してみたところユーリスは見事に飲んでいたコーンスープを吹き出した。その飛距離は中々のもので、私の手元まで飛んで来た。
これには5人もの兄弟のオムツ替えから教育、洗濯までを執り行ってきた私も「汚い」と口にせずにはいられない。すぐさま私の元に用意されていた食事は下げられ、ユーリスには口を拭うためのナプキンが用意される。
ナプキンで口を覆うとひとしきりゴホゴホと咳き込み、そしてようやく治った頃に水を飲むと彼は再び口を開いた。
「今、なんと言った?」
「畑が欲しいです、と。窓から見た限り土地も余っているようですし、隅の方でいいのでスペースをいただければと」
「……花壇じゃダメなのか?」
「花だけじゃなく、野菜も育ててもいいのなら花壇でもいいわ」
この屋敷の敷地内の花壇には当然なのかもしれないが、花のみが植わっていて、この1週間では野菜は発見できていない。もちろん窓から見下ろす形となっているため、見えていないだけであるのかもしれないが、一応家主の了承は取っておいた方がいいだろう。……そう思っての申し出なのだが、ユーリスの顔は驚きから、一気に戸惑いに満ちていった。
「野菜……か」
「野菜です。花壇でというならピーマン、トマト辺りを植えてみようかと」
「却下だ」
まるで私の言葉だけでなく、考えさえも遮るようなスピードで打ち出されたその言葉は異論の余地すら残していない。
「やっぱり野菜はダメかしら……」
「せめてフルーツにしろ、フルーツに。あれは甘くていい」
「は?」
「野菜は、その……苦いだろう」
その言葉についつい言葉を失ってしまった。
景観的問題から、ではなく、まさか野菜は苦いから嫌だという理由で却下されるとは思わなかった。だがその反面でフルーツならいいと、食べてくれると言っているのだ。
ユーリスは分かっていてそう言っているのかはわからないが、彼は出来ても、植えてすらないその食べ物のことで顔をしかめているのだ。
それはなんとも作り手冥利に尽きる。
「なら野菜とフルーツ、一緒に育てることにしますよ」
「……フルーツだけでいいだろ」
「何種類も植えたいじゃないですか」
「そういうものか? いや、でも野菜はなぁ……」
チラリとユーリスの皿を覗くとそこに入っている野菜は私の皿よりも明らかに野菜の量も種類も少ない。これだけ拒絶するだけあって野菜が嫌いなようだ。
「野菜は苦いだけじゃないですって。好きな野菜とかないの?」
「ジャガイモとニンジンなら……」
「ニンジンは好きなのね」
2番目の弟はあの味が嫌いだと食卓に並ぶたびに食べたくないと駄々をこね、食べられるようになるまで色々と工夫を凝らしてやっと3年ほど前に自主的に食べさせることに成功した。3番目の妹もあまり好きではないらしく、明らかに嫌な表情を作ってから口に運んでいるほど。
野菜嫌いではない2人が嫌うほどのニンジンならば野菜嫌いのユーリスは嫌うはずだと勝手に思っていたのだが、そうでもないらしい。
ユーリスは私の反応に少し考えるような仕草をとってから小さく口からこぼれ落とす。
「…………ああ。あれは、甘いからな」
そう答えるユーリスの表情はどこか寂しげで、青々しい緑の瞳が深みを増しているような気がした。