水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
5.

「出来たぞ。好きに使え」
 畑が欲しいと願い出てからたったの3日。
 ノックもせずに部屋へと入ってきたユーリスからそう聞かされた時には驚いたものだが、実際に花壇を目にした時の驚きと比べれば遥かに劣る。

「え、ここ?」
「ああ。広さが足りないなら他にも作らせるが?」
「いや、これで十分ですけど……。なぜ屋敷内に?」
 なぜなら彼は私に与えた部屋よりも大きな花壇を屋敷内に作ったのだから。広さは大体私の実家にある畑、一つ分くらいで明らかに花壇の大きさではない。
 花壇っていうからもっと小さな、2、3種類植えるのが関の山だと思っていたのだが、これくらい広ければユーリスの好きなジャガイモとニンジンの他にも植えられそうである。……彼が食べてくれるかどうかは全くの別問題だが。

「敷地内だろうとお前を屋敷の外に出すつもりはない」
「…………まだベッドではしゃいだことに対して言うつもりですか?」
 子どもか……と呆れられこそしたものの、私だって後からあれはなかったと後悔しているのだ。それを掘り返して塩を塗るなんて……と思っていたが、ユーリスの意図するところはそうではないらしい。

「逃げる……だろう?」
「は? ああ、さすがに花壇の周りで家畜を育てようなんて思ってないわよ? ……今のところは」
 いや、飼っていいって言われたら鶏辺りなら飼いたいけど。
 生みたての卵って美味しいんだよな……。
 まだ飼う予定すらないニワトリの、生みたての卵に想いを馳せているとユーリスは大きくあからさまなため息を吐いた。

「……家畜はともかく、何か動物が欲しくなったら言え。買ってきてやるから」
「え! 良いんですか?」
「室内飼いだけどな」
「じゃあニワトリを「却下」
「なんでですか! 生みたての卵、美味しいわよ?」
「そんなもの、養鶏場から朝一番で運んでくればいいだろう!」
「え、養鶏場、近くにあるの?」
「近くはないが、魔法を使えばすぐだ。何なら明日の朝食にでも用意させるが?」
「魔法ってすごいのね……」
「だからせめて犬にしろ、犬に。ニワトリは朝早くからうるさいだろ」
「なんで犬限定なのよ……」
「お前は犬、好きだろう」

 確かに昔、実家犬を飼っていた。犬種は知らないが、どこからか父が拾ってきた犬で、おそらくは雑種だったのだろう。
 私が産まれるよりも早く我が家に暮らしていたリドルは、小さいのに捨てられて可哀想だからとの思いで拾ってきたらしいが、数ヶ月後には何倍にも大きくなり、私が6歳くらいの頃までは彼の背中に乗ってそこらじゅうを駆け回っていたほどだ。
 リドルは賢い子で、幼い私達兄弟を、忙しい父と母の代わりにあやしたり、村のいたるところに連れて行ってくれた。私が12になった頃にはすっかり老犬となって、家で寝ているばかりになったが、それまでは害獣除けの犬としても活躍していた。
 私の中の犬のイメージはほぼ全てをリドルが占める。だから犬が好きというよりはリドルが好きなのだが、まぁ犬が好きだと言っても間違いではない。

「……私、ユーリスに犬が好きだって言いましたっけ?」
 だがそんな話をした覚えはない。食事を共にするとはいえ、夫婦の団欒とは程遠いものがある。
 ユーリスへ対する苦手意識みたいなものは早々に消え去ったのだが、だからといって自分の過去の話を弾ませるほど仲良くなったわけではない。
 首を傾げてユーリスを覗き見ると、パッと視線を逸らしてから「水晶で見ただけだ」と答え、部屋を後にした。


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