水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
8.
数日前まで毎日暇だと思っていたのが嘘のように、私の日々は充実していた。
屋内とは思えないほど広い花壇を私1人が手入れできるのだと思うと、その使命感と充実感は実家に居た時よりも感じられる。
野菜は手入れした分だけ、手をかけた分だけ美味しく育つ。
野菜は苦手なのに、育てたものはなぜか食べてくれるらしいユーリスに食べてもらうことを思うと、自然とヤル気に満ち溢れるのだ。
それは決して夫だからとか、結婚するにあたって金銭的な契約が発生したから、とかではなく、野菜を育てる者ならば誰しもが思う気持ちなのではないだろうか。
「うん、今日もよく動いたなぁ」
今日も一仕事終えた身体を天井に引かれるようにして伸ばすと、首から下げたタオルで額の汗を拭う。
いかにも高価そうな装飾品が並ぶ廊下を泥で汚れた服のままで闊歩するのももう慣れた。どうやらこの廊下自体に何やら魔法がかかっているようで、ほとんどの汚れは床に落ちると同時に消える。だから気にするだけ無駄なのだ。
もちろんこの屋敷には掃除専門の使用人が居るのだが、彼女達は私が実家でしていたようにモップや雑巾、ホウキを使っている掃除をしているのではない。家中の廊下や家具に魔法をかけるのだ。中には魔法が使えないものもあるらしく、そんな時は何やらキラキラと光る布を使って磨いている。名称のわからないそれを私は心の中で『キラキラの布』と呼んでいる。あれを使えば何でもたちどころに綺麗になるのだから驚きだ。
初めて見た時はあれも魔法かと思ったのだが、いつのまにか背後に控えていた執事さん曰く『特殊繊維で作られた雑巾』らしい。
廊下の端に寄っていてくれる使用人さん達にペコリと頭を下げながら通過すると、前方左側のドアがゆっくりと開いた。
トビラからぬおっと陰を背負いながら現れたのは目の下に真っ黒黒のクマを作ったユーリスだった。
「ええっと、ユーリス。大丈夫?」
数日ぶりに会ったユーリスの元へと近寄って、自分が汗臭いことも忘れて彼を支える。
すると支えを得たユーリスの身体は力が抜けたように一気に重くなる。とはいえ風邪で寝込んだ弟を隣村までせっせと担いで運んだ時よりはずっと軽いもので、ここ数日ちゃんとご飯を食べているのか心配になる。
「ああ……いつものことだから気にするな。それよりルピシア、こ、これを……」
なけなしの力かと思うほどに弱々しい手でポケットから二本の瓶を取り出すと、私の胸へと押し出した。
「何これ?」
受け取ってからユーリスに尋ねると、彼はその問いに答える前にスヤスヤと眠りの世界に旅立ってしまっていた。代わりにその瓶には神経質そうな字で栄養剤と書いてあった。
私にくれたということは花壇に撒いても構わないということなのだろう。
どこから手に入れたかはわからないそれをポケットの中にしまい込むと、私の腕の中で寝てしまったユーリスを横抱きにする。
普通なら了承もなく部屋に入るのはどうかとも思うが、今回ばかりは仕方ないだろうと自分に言い訳をして、まだ開いたままのドアからユーリスの部屋へと侵入する。
初めて入ったユーリスの部屋は全ての調度品を白一色で固められていた。
私は特にこれといって好きな色とかはないけれど、あっても全面それで固めたりはしないだろう。そう思うとユーリスはどれだけ白が好きなんだと呆れてしまう。
やはり純白に塗られた、私の部屋のものと同じくらい大きなベッドにユーリスを寝かせる。靴は脱がせてあげられたが、さすがに服を着替えさせてあげるだけの力はないし、そもそも着替えがどこにあるのかもわからないので、そればっかりは勘弁してもらいたい。
さすがに彼も文句は言わないだろうと願いつつ、布団を首下あたりまでかけてやると、ベッドサイドにちょこんと乗ったあるものが目に入った。
無色透明な、何かの膜のようなものに大事そうに守られているそれは植物の葉のように青々とした色の組み紐だった。
数日前まで毎日暇だと思っていたのが嘘のように、私の日々は充実していた。
屋内とは思えないほど広い花壇を私1人が手入れできるのだと思うと、その使命感と充実感は実家に居た時よりも感じられる。
野菜は手入れした分だけ、手をかけた分だけ美味しく育つ。
野菜は苦手なのに、育てたものはなぜか食べてくれるらしいユーリスに食べてもらうことを思うと、自然とヤル気に満ち溢れるのだ。
それは決して夫だからとか、結婚するにあたって金銭的な契約が発生したから、とかではなく、野菜を育てる者ならば誰しもが思う気持ちなのではないだろうか。
「うん、今日もよく動いたなぁ」
今日も一仕事終えた身体を天井に引かれるようにして伸ばすと、首から下げたタオルで額の汗を拭う。
いかにも高価そうな装飾品が並ぶ廊下を泥で汚れた服のままで闊歩するのももう慣れた。どうやらこの廊下自体に何やら魔法がかかっているようで、ほとんどの汚れは床に落ちると同時に消える。だから気にするだけ無駄なのだ。
もちろんこの屋敷には掃除専門の使用人が居るのだが、彼女達は私が実家でしていたようにモップや雑巾、ホウキを使っている掃除をしているのではない。家中の廊下や家具に魔法をかけるのだ。中には魔法が使えないものもあるらしく、そんな時は何やらキラキラと光る布を使って磨いている。名称のわからないそれを私は心の中で『キラキラの布』と呼んでいる。あれを使えば何でもたちどころに綺麗になるのだから驚きだ。
初めて見た時はあれも魔法かと思ったのだが、いつのまにか背後に控えていた執事さん曰く『特殊繊維で作られた雑巾』らしい。
廊下の端に寄っていてくれる使用人さん達にペコリと頭を下げながら通過すると、前方左側のドアがゆっくりと開いた。
トビラからぬおっと陰を背負いながら現れたのは目の下に真っ黒黒のクマを作ったユーリスだった。
「ええっと、ユーリス。大丈夫?」
数日ぶりに会ったユーリスの元へと近寄って、自分が汗臭いことも忘れて彼を支える。
すると支えを得たユーリスの身体は力が抜けたように一気に重くなる。とはいえ風邪で寝込んだ弟を隣村までせっせと担いで運んだ時よりはずっと軽いもので、ここ数日ちゃんとご飯を食べているのか心配になる。
「ああ……いつものことだから気にするな。それよりルピシア、こ、これを……」
なけなしの力かと思うほどに弱々しい手でポケットから二本の瓶を取り出すと、私の胸へと押し出した。
「何これ?」
受け取ってからユーリスに尋ねると、彼はその問いに答える前にスヤスヤと眠りの世界に旅立ってしまっていた。代わりにその瓶には神経質そうな字で栄養剤と書いてあった。
私にくれたということは花壇に撒いても構わないということなのだろう。
どこから手に入れたかはわからないそれをポケットの中にしまい込むと、私の腕の中で寝てしまったユーリスを横抱きにする。
普通なら了承もなく部屋に入るのはどうかとも思うが、今回ばかりは仕方ないだろうと自分に言い訳をして、まだ開いたままのドアからユーリスの部屋へと侵入する。
初めて入ったユーリスの部屋は全ての調度品を白一色で固められていた。
私は特にこれといって好きな色とかはないけれど、あっても全面それで固めたりはしないだろう。そう思うとユーリスはどれだけ白が好きなんだと呆れてしまう。
やはり純白に塗られた、私の部屋のものと同じくらい大きなベッドにユーリスを寝かせる。靴は脱がせてあげられたが、さすがに服を着替えさせてあげるだけの力はないし、そもそも着替えがどこにあるのかもわからないので、そればっかりは勘弁してもらいたい。
さすがに彼も文句は言わないだろうと願いつつ、布団を首下あたりまでかけてやると、ベッドサイドにちょこんと乗ったあるものが目に入った。
無色透明な、何かの膜のようなものに大事そうに守られているそれは植物の葉のように青々とした色の組み紐だった。