聖女の響神歌 ~無能と呼ばれた聖女は愛する人のために真の力を発現するらしい~
1.
「本日からこちらでお世話になることになりました、シーリア=ゴルードフです。どうぞよろしくお願いいたします」
煌びやかな王の間で淑女の礼をする。
ここ数年、めっきり公の場に顔を出す機会が減ったので少しだけ緊張してしまう。お姉様は曰く、自信を持って動けば多少間違っていても問題はないとのこと。後はハキハキと話すことが重要らしい。
お姉様の助言のおかげか、非礼を指摘されることはなかった。
「シーリア=ゴルードフ? 聞いたことがない。私達が望んだのはメルリー=ゴルードフだ」
望まれないだろうとは分かっていたが、まさか存在自体認知されていないとは……。ビックリを通り越して笑えてくる。
一ヶ月ほど前、我が国にとある書状が届いた。
差出人はプロテイア帝国のケウロス=プロテイア陛下。
内容を要約すると、ゴルードフ伯爵家の聖女を妻によこせと書かれていた。帝国の狙いは十中八九、姉のメルリー=ゴルードフである。
我が国と帝国は、表向きは同盟国ということになっている。だが実際は属国のようなもの。
砂漠に囲まれ、作物がほとんど実らない我が国に対して帝国は物資の支援を行ってくれている。代わりに我が国が差し出すのは人員と油田から採掘された油である。
食だけではなく、ある程度の人員を奪うことでこちらが反旗を翻すのを抑える目的があるのだとか。
優秀な聖女も度々帝国へと派遣される。
そんな中、攻撃特化系聖女のお姉様は帝国にとって利用価値はあるが、同時に邪魔な存在でもあったのだろう。
だから陛下が交代したタイミングで妻にすることに決めた、と。
ばあやの授業を真面目に聞いていた私はこれらの思惑を察していた。
とはいえお姉様にはラブラブな婚約者がいる。防御はからっきしのお姉様の護衛についてくれた騎士である。加えて私にも優しく、プレゼントのセンスも抜群に良い。
妹として応援していたし、早く結婚すれば良いのにと思っていた。
だがお姉様は婚約者すらいない私に気を使ってばかり。自分が安心したいだけだからと言われても、結婚できる未来が見えない身としては申し訳なさが募るばかり。
そんな時にこの話である。
私に婚約者がいないばかりに二人の仲が引き裂かれるだなんて……と絶望に浸ったのはほんのわずかのことだった。
「お言葉ですが、手紙にはゴルードフ伯爵家の聖女を妻にもらいたいとしか書かれていませんでしたわ。ならば私でも構わないだろうと思い、嫁いで参りました」
手紙の作成担当者には感謝しかない。
ケウロス陛下本人も知らなかったとなれば、感謝すべきなのは情報担当の人かな?
帝国側からすればたまったもんじゃないと思うけど、差出人として書かれていたのはケウロス陛下本人の名前である。当然、目を通していることだろう。
満面の笑みを浮かべれば、ケウロス陛下の表情が歪んでいく。
「つまりゴルードフ伯爵家には聖女が二人いたと?」
「はい! メルリーは私の双子の姉で、六歳の頃に二人一緒に神託を受けました。教会に問い合わせていただければすぐに確認が取れるかと」
我が国の聖女の情報は教会を通じて帝国に提出済みである。
物凄くレアで強力な聖女だったら隠していた可能性はあるが、私の情報を隠す必要性はない。ちゃんと提出されているはずだ。
万が一私の情報を見落としていたとしても、お姉様の家族構成を調べていれば私の情報もヒットすると思うのだが……。
社交界に全然顔を出さないから忘れられていたのかな?
昔からよく影が薄いと言われていたが、書類上でも影の薄さとかあるのだろうか?
なんでだろうと考えていると、大きなため息が耳に届く。
「……すぐにシャンスティ王国と教会に確認の手紙を出せ」
「はっ」
ケウロス陛下の指示でお付きの人が数人走り去っていく。大変そうだな~と他人事で眺めていると、強い視線を感じる。
視線の元にいるのは言わずもがな、ケウロス陛下である。顔貌が非常に整っている彼だが、予想外のことが起きたせいか疲れた顔をしている。
大変なのは彼も同じらしい。事前確認の重要性を改めて実感する。
本当に、事前確認は重要なのだ。
「出向いてもらったところ大変恐縮ではあるが、我が国が欲したのはメルリー嬢の方でな。君を妻に迎えるつもりはない。悪いが確認が取れ次第、帰っていただきたい」
「それは構いませんが、姉とは結婚できませんよ?」
「どういうことだ?」
「姉は数日前に入籍いたしましたので」
「遅かったか!」
お姉様の代わりに嫁ぐにあたって、私は目の前の彼のことを調べた。
ほとんどばあやが集めた資料に目を通しただけだけど、歴史や過去の情勢だって調べた。
その結果、現在の陛下は相手が既婚者であれば強引に仲を引き裂くようなことはしないだろうと判断し、お姉様の入籍を急がせた。
我が国では妹よりも先に姉が結婚するというのは不思議な話ではない。
急とはいえ、もう何年も前から婚約を結んでいたのだ。周りも祝福してくれた。
結婚の順番を気にする文化が帝国にもあって、本当に良かったと思う。
「ええ、本当に遅いくらいですわ。ずっと私に構わず結婚してほしいと伝えていたのですが、婚約者も恋人もいない私に遠慮して結婚を先延ばしにしていて……。お相手の方とは相思相愛で、結婚が数年伸びたところで気にしないと言ってくれてはいたのですが、やはり気になるでしょう? それが今回、私が帝国に嫁げることになって、この機会を逃す手はないと急いで結婚してもらいましたの!」
オブラートに包んだ事実を伝えれば、ケウロス陛下は悔しそうに唇を噛んだ。
「本日からこちらでお世話になることになりました、シーリア=ゴルードフです。どうぞよろしくお願いいたします」
煌びやかな王の間で淑女の礼をする。
ここ数年、めっきり公の場に顔を出す機会が減ったので少しだけ緊張してしまう。お姉様は曰く、自信を持って動けば多少間違っていても問題はないとのこと。後はハキハキと話すことが重要らしい。
お姉様の助言のおかげか、非礼を指摘されることはなかった。
「シーリア=ゴルードフ? 聞いたことがない。私達が望んだのはメルリー=ゴルードフだ」
望まれないだろうとは分かっていたが、まさか存在自体認知されていないとは……。ビックリを通り越して笑えてくる。
一ヶ月ほど前、我が国にとある書状が届いた。
差出人はプロテイア帝国のケウロス=プロテイア陛下。
内容を要約すると、ゴルードフ伯爵家の聖女を妻によこせと書かれていた。帝国の狙いは十中八九、姉のメルリー=ゴルードフである。
我が国と帝国は、表向きは同盟国ということになっている。だが実際は属国のようなもの。
砂漠に囲まれ、作物がほとんど実らない我が国に対して帝国は物資の支援を行ってくれている。代わりに我が国が差し出すのは人員と油田から採掘された油である。
食だけではなく、ある程度の人員を奪うことでこちらが反旗を翻すのを抑える目的があるのだとか。
優秀な聖女も度々帝国へと派遣される。
そんな中、攻撃特化系聖女のお姉様は帝国にとって利用価値はあるが、同時に邪魔な存在でもあったのだろう。
だから陛下が交代したタイミングで妻にすることに決めた、と。
ばあやの授業を真面目に聞いていた私はこれらの思惑を察していた。
とはいえお姉様にはラブラブな婚約者がいる。防御はからっきしのお姉様の護衛についてくれた騎士である。加えて私にも優しく、プレゼントのセンスも抜群に良い。
妹として応援していたし、早く結婚すれば良いのにと思っていた。
だがお姉様は婚約者すらいない私に気を使ってばかり。自分が安心したいだけだからと言われても、結婚できる未来が見えない身としては申し訳なさが募るばかり。
そんな時にこの話である。
私に婚約者がいないばかりに二人の仲が引き裂かれるだなんて……と絶望に浸ったのはほんのわずかのことだった。
「お言葉ですが、手紙にはゴルードフ伯爵家の聖女を妻にもらいたいとしか書かれていませんでしたわ。ならば私でも構わないだろうと思い、嫁いで参りました」
手紙の作成担当者には感謝しかない。
ケウロス陛下本人も知らなかったとなれば、感謝すべきなのは情報担当の人かな?
帝国側からすればたまったもんじゃないと思うけど、差出人として書かれていたのはケウロス陛下本人の名前である。当然、目を通していることだろう。
満面の笑みを浮かべれば、ケウロス陛下の表情が歪んでいく。
「つまりゴルードフ伯爵家には聖女が二人いたと?」
「はい! メルリーは私の双子の姉で、六歳の頃に二人一緒に神託を受けました。教会に問い合わせていただければすぐに確認が取れるかと」
我が国の聖女の情報は教会を通じて帝国に提出済みである。
物凄くレアで強力な聖女だったら隠していた可能性はあるが、私の情報を隠す必要性はない。ちゃんと提出されているはずだ。
万が一私の情報を見落としていたとしても、お姉様の家族構成を調べていれば私の情報もヒットすると思うのだが……。
社交界に全然顔を出さないから忘れられていたのかな?
昔からよく影が薄いと言われていたが、書類上でも影の薄さとかあるのだろうか?
なんでだろうと考えていると、大きなため息が耳に届く。
「……すぐにシャンスティ王国と教会に確認の手紙を出せ」
「はっ」
ケウロス陛下の指示でお付きの人が数人走り去っていく。大変そうだな~と他人事で眺めていると、強い視線を感じる。
視線の元にいるのは言わずもがな、ケウロス陛下である。顔貌が非常に整っている彼だが、予想外のことが起きたせいか疲れた顔をしている。
大変なのは彼も同じらしい。事前確認の重要性を改めて実感する。
本当に、事前確認は重要なのだ。
「出向いてもらったところ大変恐縮ではあるが、我が国が欲したのはメルリー嬢の方でな。君を妻に迎えるつもりはない。悪いが確認が取れ次第、帰っていただきたい」
「それは構いませんが、姉とは結婚できませんよ?」
「どういうことだ?」
「姉は数日前に入籍いたしましたので」
「遅かったか!」
お姉様の代わりに嫁ぐにあたって、私は目の前の彼のことを調べた。
ほとんどばあやが集めた資料に目を通しただけだけど、歴史や過去の情勢だって調べた。
その結果、現在の陛下は相手が既婚者であれば強引に仲を引き裂くようなことはしないだろうと判断し、お姉様の入籍を急がせた。
我が国では妹よりも先に姉が結婚するというのは不思議な話ではない。
急とはいえ、もう何年も前から婚約を結んでいたのだ。周りも祝福してくれた。
結婚の順番を気にする文化が帝国にもあって、本当に良かったと思う。
「ええ、本当に遅いくらいですわ。ずっと私に構わず結婚してほしいと伝えていたのですが、婚約者も恋人もいない私に遠慮して結婚を先延ばしにしていて……。お相手の方とは相思相愛で、結婚が数年伸びたところで気にしないと言ってくれてはいたのですが、やはり気になるでしょう? それが今回、私が帝国に嫁げることになって、この機会を逃す手はないと急いで結婚してもらいましたの!」
オブラートに包んだ事実を伝えれば、ケウロス陛下は悔しそうに唇を噛んだ。