聖女の響神歌 ~無能と呼ばれた聖女は愛する人のために真の力を発現するらしい~
2.
「繰り返しになるが、私は君を妻に取る気はないぞ」
「ええ、私が不審者でないことが証明されたらすぐにでもお暇させていただきますわ」
「なるほど。返されることが分かっていて、この機会を利用したということか。全く舐められたものだな」
「それは違います。私でもいいと言ってもらえたら、ちゃんと帝国に嫁ぐつもりでしたもの。神に誓って嘘はありませんわ」

 私がここに来ると決めた一番の理由は、帝国側は私に危害を加えることができないと確信していたから。だが彼を知っていくうちに、一目だけでも会ってみたいと思ったのだ。

「……そういえば君も聖女だったな。差し支えなければ一体どんな能力を持っているのか聞いてもいいだろうか」
「絶対防御です」
「絶対防御?」
「その名の通り、あらゆる攻撃を弾きます。この能力のおかげで生まれてこのかた、怪我も病気もしたことがないのです。ただ自分にしか発動できないので、自国ではお姉様と比べてよく使えないとか無能だとか言われてました!」
「それは明るく言うようなことではないだろう……」
「神様から授かった力を使えないだなんて失礼な話だとは思いますが、他者からの意見は重要でしょう?」

 他者は他者でも真っ赤な他人。
 家族は私のことを無能だなんて言ったりしない。両親は健康なことはいいことだと喜んでくれているし、お姉様からは私もそれが良かったと羨まれたほどだ。


 なにせこの力に地味な顔を合わせることで、建国祭の出店を一人で回ることができる。

 護衛をつけていたせいで貴族だとバレた、なんて事案もあったが、私の場合は身の危険性は皆無なので、警護すらついてない。

 平民の服を着て、堂々と買い物が出来る。お姉様はそれを羨んだ。そして毎年おつかいメモを私に握らせた。

 メモといっても毎回ほとんど同じなので、店の人にはすっかり顔を覚えられていた。
 なぜか病弱な姉のために買い物に来ているのだと思われて沢山盛ってくれたが、貴族の娘と疑われるようなことはなかった。

 お店の人もそうだが、私が出会う人は親切な人が多かった。


 無能と言ってくる人は決まって貴族か一部の教会関係者。聖女は国の役に立って当たり前の存在だと思っている人達である。

 だから誰かの役に立たない聖女は無能であると、神託が間違いだったのかとさえのたまう。

 そんな彼らの顔を見るのは社交界に出席した時だけ。
 教会では会ったこともない。つまり私の日常的な行動範囲で遭遇することはない。

 唯一の遭遇場所であった社交界でさえも年々招待状が減り、数少ない状態のほとんどを断っていた。

 両親も無理に出席するように言ってくることはなく、わざわざ文句を言ってくる人もいない。

 彼らからすれば姉さえ出てくれば良いのだ。
 無能な私なんて邪魔なだけ。私だって出たくないからそれでいい。

 私だって神の意志を疑うような信仰心のカケラもない人達には会いたくない。

「神様から授かった力、か。君は今後、この力をどう使っていこうと考えているのか聞いてもいいか?」
「老衰するまで楽しく生きます!」

 胸を張って宣言する。
 今後神様から見放されない限り、私は一生怪我も病気もしない。

 だから死因はほぼ確実に老衰。
 何年生きられるかは分からない。でも生きるなら楽しく生きたい。それが私の夢である。

「……そうか。確認が取れるまで数日かかるだろう。それまで待機してもらうことになる部屋だが、希望はあるか?」
「選んでいいんですか!?」
「部屋の場所は動かせないから、叶えられるかはわからないが」
「なら私、空が綺麗に見えるところがいいです」
「空?」
「国を出るのは初めてなので、この国の空はどんな風に変わっていくのか気になります」
「姉の方は各国を飛び回っていたようだが」
「一年の半分くらいは家にはいませんでしたわ。その代わり、帰ってくるといつも外のお話を聞かせてくれたんです。我が国とは違う文化や伝統、景色のお話を聞くのが楽しみで。たまに買って来てくれる異国物語は私の宝物なんですの!」

 爛々と目を輝かせる私にケウロス陛下はとても驚いたようだ。パチパチとゆっくり瞬きをしている。

 幼い頃から空が好きだった。
 勉強や手習いがお休みの日は一日中空を見上げて過ごすことも少なくはない。

 朝から昼、昼から夕方、夕方から夜。
 それぞれの時間帯で色を変え、表情を変える。一年のほとんどが快晴である我が国では雲を目にする機会はほとんどない。だから見つけるとそれだけで幸せな気分になる。

 それを知っているお姉様は、他国に行く度にこんな雲があったと話してくれる。

 お姉様から紡がれる景色はとても美しく、その国の本を捲れば情景が浮かんでくるほど。この国に入ってからもカーテンの隙間からずっと外を眺めていた。

「本が好きなら図書館に行ってみるといい。この国や他の国の本が所蔵してある」
「いいのですか!?」
「立ち入り区域は限らせてもらうがな」
「ありがとうございます」

 嬉しくて勢いよく頭を下げる。
 彼は呆れたように笑った。姿絵ではムスッとした表情だったが、意外と表情が変わる人だ。資料から見えた彼の性格と合致する。

 少し不器用だが、国民思いの優しい人。
 今回お姉様を妻にしようとしたのだって余計な争いを生まないため。そして私を帰らせようとしているのは関係ない人間を巻き込まないためだろう。


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