捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
穂高さんからの着信を知らせる音と光が、視界に飛び込んでくる。それがまるで非現実的なことのように思えて、しばしそのまま眺めていた。

15秒ほど鳴ると、一度切れる。そしてまた、かかってくる。何度かその光景をやり過ごしたあと、意を決して携帯電話を耳に当てた。

『もしもし、莉子さん?』

優しく包み込むような声音が、鼓膜にゆるりと響く。それだけで胸がいっぱいになって、どっと安堵感が押し寄せた。

「……穂高さん」

名前を呼んだら胸が苦しくなって、さらに涙が溢れる。

『今、どこにいますか?』
「うっ、ううっ……」

言葉にならず嗚咽が漏れる。そんなひどい有り様なのに、穂高さんの声は落ち着いている。ゆっくりでいいと、急かすことをしない。そんな優しさが今の私には身に染みる。

『そこを動かないで。すぐに行きますから』

そんなふうに聞こえたのは気のせいだろうか。誰かに縋りたい、助けてほしいと願う、私の願望が幻聴となって現れたのだろうか。こんな都合よく穂高さんが来てくれるわけない。電話がかかってきたのだって、何か別の用事があったに違いないし……。

どちらにせよ、私はその場から動くことはできず、ただ立ち尽くしていた。

雨はまだ止まない。
涙も枯れることを知らない。
夜の帳はいつもより暗く静かで、闇を濃くしていった。
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