捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
どれくらい、その場にいたのだろう。
もう時間の感覚なんてない。
水を弾く足音が聞こえる。ひどく慌てたその音は、私の直ぐ側でピッタリと止まった。

降りしきる雨の中、彼と視線が交わる。
その彼、穂高さんは、ずぶ濡れになっている私をまるで捨て猫を発見したかのような目で見た。その瞳は、驚きと哀れみと、そして同情なのだろう……。

「莉子さん、どうして……」
「穂高さん……」

小さく名前を呼ぶので精いっぱい。その後は嗚咽となって声にならない。

「家まで送ります」

その言葉にふるふると首を横に振る。帰りたくない、帰る場所などないのだと必死に首を振り続けた。

「このままじゃ風邪をひくから」

そうかもしれない。雨は強くなるばかり。穂高さんが傘に入れてくれているけれど、すでにぐっしょり濡れている私にはあまり意味がない。

「……帰るところが、ありません」

口に出したら、じわっと涙がこぼれた。雨なのか涙なのかわからないけれど、たぶん、涙。

穂高さんのメガネに雨が降り注ぐ。雨粒で彼の表情はよくわからない。だけどきっと困った顔をしているのだと思う。

雨が傘にぶつかる、その音が耳に響いた。
しばらくの沈黙の後、穂高さんの口が僅かに開く。

「うち、来ますか?」

柔らかな声音にまた涙が溢れた。
迷惑はかけたくない。だけど今の私には穂高さんしか頼る人がいなくて、小さく頷いた。

私の意志を確認した穂高さんは私の右手をぎゅっと握って歩き出した。
雨に濡れてひんやりとした手。お互いがお互いをあたためるように、ぎゅっと握って――
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