捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
とても綺麗なマンション。
どこをどう連れられたのか記憶にないけれど、気づいたときには明るく広いリビングにいた。

「とにかくシャワーを浴びてきて。タオルと着替えはこれを使ってください」

穂高さんが私の手にタオルを握らせる。受け取ったタオルがふかふかだ、なんてことをぼんやり思った。そのまま手を引かれてバスルームへ放り込まれた。

「大丈夫ですか?」
「え……?」
「できないなら僕が脱がせますけど、どうします?」
「で、できます!」

あまりにもぼんやりしていたらしい。ただ、今の穂高さんの一言ではっと我に返った。停止していた思考が少しずつ動き出す。

「ゆっくり温まってください」
「ありがとうございます」

かろうじてお礼を言うと、パタンとバスルームの扉が閉まった。手にはタオルと厚手のシャツ。そうか、さっき穂高さんが持たせてくれたんだった。

肩にかけていたカバンを下ろす。外側は雨でぐっしょり濡れているけれど、内側は湿っぽいものの濡れてはいない。祖父母の家に泊まる用の、一泊分の着替えが入っている。

行くところがないのは本当のことだけれど、まさか穂高さんのマンションに来るなんて思わなかった。着替えがここで役に立つだなんてことも、予想外だ。

思えば予想外のことが多すぎた。雄一のこと、桃香ちゃんのこと。艶めかしいリップ音が頭から離れない。思い出すだけで胸がえぐられる感覚。

それらすべてを打ち消すかのように、頭からシャワーを浴びた。温かいお湯と穂高さんの優しさに、ほんの少しだけ救われた気持ちになった。
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