捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
いつからだろう、雄一と付き合うようになったのは。はっきりとした告白があったわけじゃない。ただ自然の成り行きとでもいうのだろうか、一緒にいることが当たり前になっていった。

そうしてある時から雄一は私の家に頻繁に来るようになり、いつの間にか同棲が始まり今に至る。

恋愛らしい恋愛をしてこなかった私は、新しい恋にほんの少し浮かれた。これからも雄一と一緒にソレイユを経営していこう。そう思っていた。

だけど――

何がきっかけだったのか、わからない。
ほんの些細な出来事に、雄一は声を荒げるようになった。

「シャツにアイロンかけておけよ」
「そんなこともできないのかよ」
「誰のおかげで店が潰れないでいたと思うんだ」

言い返したいのに言い返せない。言い返してもその何倍も多く言い返される。キリがないのだ。そしてソレイユのことを言われると、黙るしかない。雄一に助けてもらったことは事実だからだ。

悔しくて惨めで、でもどうにもできない毎日。嫌気が差したとしても、それでも朝はやってくる。ソレイユが開店すれば、雄一はとても穏やか。私を嘲り罵っている雄一はどこにもいない。

それだけが、救いなのかもしれないな――

そんなことを思い出しながら仕事をしていると、カラランと扉の開く音がした。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは」

こちらも常連のお客様。弁護士の石井さん親子。お父様が私の祖父と懇意にしてくださっていて、そのつながりで息子さんもソレイユに来てくださる。でも二人一緒は珍しい。

「今日はお二人でいらしてくださったのですね」

「別々に外に出てたんだけど、ちょうどそこで出会ってね」

「まあ、たまには父とランチもいいかと思いまして」

石井さんの息子さん、穂高《ほだか》さんはボストン型フレーム眼鏡の奥で柔らかく微笑んだ。笑った顔はお父様と似ていて、とても優しい雰囲気。いつも彼らの優しさに包みこまれる気持ちになる、素敵なお客様。

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