捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
不安になりつつも、穂高さんと結婚することはもう決めてしまったこと。優しい人だとは思っているけれど、簡単に信用するなともう一人の自分が警鐘を鳴らす。上手くやっていければいいけれど……。

「洗い物は私がします」
「そんなに気を遣わなくていいよ。莉子さんは出勤が早いだろ?準備しておいで」
「でも……」

私がやらないと誰もしないでしょう? そうしてたまった洗い物を、仕事が終わって帰ってからやると、夕食の準備が遅れちゃうし……。

そう思って焦っていると、穂高さんが食器を洗い始める。

「どうした?」
「……穂高さんがやるんですか?」
「うん?俺が洗い物をするの、変かな?」
「あ、いえ、なんというか……家事は女の仕事……みたいな」
「もしかして今までそう言われてきたのか?」

穂高さんの顔が険しくなる。しまった、失言だったと後悔して、体が縮こまった。けれど、いくら待っても罵声は飛んでこない。聞こえてきたのは呆れたようなため息だけだった。

「今どきそんな事言うやつがいるとは、何とも時代錯誤甚だしいだろ?」
「……そうなんですか?」
「そうでしょ?莉子さんはそれで納得しているの?」

納得なんてしていないけれど、そうするしかなかった。出来ない奴って罵られて、反論すれば二倍三倍になって返ってくる。受け入れざるを得なかったし、私さえ我慢すればって、何度だって思った。そうやって無理矢理自分を納得させていた。
でも――

「……してないです。なんで私ばかりって思っていました」
「それでいいよ。それが普通の感情。俺をあの男と同じように見ないでほしい」
「……」
「わかった?莉子」

ドキン、と心臓が揺れる。
穂高さんに名前を呼び捨てにされると、とたんに胸がざわざわと騒ぎ出す。雄一に呼ばれるのとは違う、柔らかくて優しい声音。何がそんなにも違うのだろうと考えるけれど、今の私にはよくわからない。いつかわかるときが来るのだろうか。

「……わかりました」

頷くと、穂高さんもニコリと満足げに頷いた。
< 42 / 98 >

この作品をシェア

pagetop