捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
ソレイユをいつも通り開けて、開店の準備をする。しばらくは一人の時間だ。この時間が私は好きだ。静かな空気が流れ、ソレイユという空間にいること自体が、私の心を落ち着かせる。大好きで大好きでかけがえのない場所。今日もたくさんお客さんが来てくれると嬉しいな。

しばらくすると、雄一と千景さんが出勤してきた。

ソレイユはいつも通り。
雄一も千景さんもいつも通り。
今日は桃香ちゃんはお昼から。

私は胸のあたりを押さえて深呼吸する。
うん、大丈夫。私は落ち着いている。

常連の藤本さんがにこやかにやってくる。
本当にいつも通りの日常。

「こんにちは、莉子ちゃん。いつもので」
「はーい」

ゆったりとした時間が流れる。まるであんなことはなかったかのように。私さえ知らないフリをしていれば、上手く時が過ぎていくのだ。

お昼前になると、桃香ちゃんが出勤してきた。いつも通り可愛らしい声で「おはようございますぅ」と愛想を振りまく。あんなことがなければ、可愛い子だとしか思わなかったのにな……。なんて、少し闇に飲まれそうになりながらも、必死に感情を無にした。

雄一と桃香ちゃんは今日も楽しそうだ。そんなことを、自分の意識の奥の方でぼんやりと考えては振り払う。

私はもう穂高さんと結婚するんだから、雄一と桃香ちゃんは関係ないんだ。未練だとか羨ましさとか、まったくないくせに、気になってしまうのはなぜなんだろう。

「莉子ちゃん、マスターが倒れたって?」

片付けをしていると、千景さんが布巾片手に尋ねてくる。

「ああ、はい、実はそうなんです。でも思ったよりも元気そうでした」
「そうなの。私もお見舞い行ってもいいのかしら?ご迷惑?」
「大丈夫だと思います。むしろ見に行ってほしいというか……。すぐ病院を抜け出そうとするので」
「ふふっ、マスターらしいわね」

千景さんはクスクスと上品に笑う。ずっとソレイユで働いてくれている千景さんは、祖父の性格をよく理解しているのだろう。気にかけてくれることをとてもありがたく思った。
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