捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
「ところでさ、莉子ちゃん。つかぬ事を聞くんだけど……」
「はい、何でしょうか?」

千景さんはちらりとキッチンの方を確認してから、声を潜めた。

「雄一くんと上手くいってるの?」
「……あ、えっと……それは……」

そういえば千景さんは私と雄一がお付き合いしていることを知っているんだった。今日にでも穂高さんと結婚する予定なのに、このままでは私が浮気しているみたいじゃないか。そうじゃないことだけはわかってほしい。その思いからか、咄嗟に嘘をついた。

「あの、実は雄一とは別れたんです」
「あら、そうだったの?」
「はい……」
「ごめんね、余計なことを聞いてしまって」
「いえ、いいんです。それより、そのことで千景さんが働き難いようだったら言ってください。態度とか改めますので」
「ふふ、大丈夫よ。男女のいざこざなんて、よくある話じゃない」

ここ数日、雄一とぎこちなかったことが千景さんにはバレていたのかもしれない。でも私が雄一とは別れたと伝えたことで、どうやら腑に落ちたみたいだ。

ほうっと胸を撫で下ろすと同時に、きちんと雄一と別れなければいけないなとも感じた。穂高さんと結婚するということは、雄一と別れて今のアパートを出るということだ。どんなにこっそりと事を進めたって、雄一とはソレイユで顔を合わせるのだ。何も伝えないわけにはいかないだろう。

それに、きちんと別れておかなくちゃ、穂高さんにも申し訳ない。なるべく迷惑はかけたくないもの。着替えなんかも持ち出さないと、暮らしていけないわよね。

――莉子さんは仕事が終わったらここに戻ってきて

あの言葉は、一緒に住むってことでいいんだよね?
結婚するんだから、そうだよね?

急にドキドキと鼓動が速くなる。昨夜のお風呂上がりの穂高さんや、今朝の寝起きの穂高さんを思い出して、なぜだかトクンと胸が高鳴った。

ソレイユを守りたい一心で結婚を承諾してしまったけれど、今更ながら浅はかだったのではとも思う。穂高さんは利害の一致だと言っていたけれど、どう考えても私にしかメリットはない。なんだか穂高さんに申し訳ないな……。
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