捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
大丈夫、大丈夫。
落ちついて、私。

私はもう、雄一を好きじゃない。
雄一は桃香ちゃんが好き。
桃香ちゃんも雄一が好き。
だから私がいなくなったら、嬉しいに決まっている。

何も問題ない。
あとは別れることをちゃんと伝えて、私は穂高さんの元に行く。穂高さんへの迷惑も最小限に押さえたいから、頼ってばかりではだめだ。自分のことは自分でしないといけない。

数日分の荷物をバッグに詰めて、私は立ち上がる。ソファで横になりながらテレビを見ていた雄一は、「夕飯は作っていけよ」とこちらを見向きもせずに命令した。

「夕飯は作らないわ」

私の言葉に反応した雄一は起き上がり、不機嫌な声で「舐めてんのか?」と睨んできた。

ビクリと肩が揺れる。私は雄一のそんな声が大嫌いだ。心臓をぎゅっと摘まれる気持ちになって、ドキドキと鼓動が速くなる。息をするのが苦しい。

「私、あなたとは別れるから」

少し震えてしまったけれど、言えた。別れを告げるだけなのに、心臓はバクバクとものすごい音を立てている。でもこれで、雄一の元を離れられる――。

「お前、自分が何言ってるかわかってんの?」

背筋がゾクリとするような声音で、雄一がゆらりとこちらへ近づいた。私は一歩後退る。

「お前、俺と別れて生きていけんの? 一人じゃ何もできないくせに。誰のおかげで店が潰れなかったと思ってんだ?」
「そ、それは感謝してるけど、でも……」
「お前、マジで頭悪りいな。うぜぇわ」

チッと舌打ちをされ、心が折れそうになる。どうしてこんなことを言われなくちゃいけないんだろう。精神がゴリゴリ削られていく感覚に、鼻の奥がツンとなった。

「で?なに?何がしたいの、お前」
「え、えっと、雄一とは別れるから」

「はあ?俺がお前と付き合ってやってるのに、ずいぶんと偉そうだな。まあ、いいんじゃね?俺から逃げられると思うなよ?」

バカにしたように鼻で笑う雄一に、心底嫌気がさした。今まで私が我慢すればと思ってやり過ごしてきたけれど、そうじゃないかもしれないと気づき始めている。

それはたぶん、穂高さんと結婚の約束をしたから。逃げ場があるから、私の気持ちに余裕ができたのかもしれない。
< 47 / 98 >

この作品をシェア

pagetop