捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
でもやっぱり、怖い。次に何を言われるのだろう、どんな罵りをされるのだろう。考えただけで体がすくむ。

私はカバンをぎゅうっと握りしめた。
負けてたまるもんかと、その一心で気力を奮い立たせる。

「さよなら」

一言だけ呟いて、足早に玄関を出た。
と――

急にドンという衝撃とともに体が前のめりになる。気づいたときには地面に転がっていて、何度も何度も蹴られていた。

「死ね、クズ、消えろ」

暴言はいつものことだけれど、暴力は初めてだった。あまりの衝撃に息ができない。痛いのかもよくわからないけれど、本能的に逃げなくちゃと必死に起き上がった。

階段を転がるように下りる。アパートの前の歩道まで出ると、雄一は追いかけてはこなかった。

「いたっ……」

右足がズキリと痛む。歩けないことはないけれど、階段を下りるときに捻ってしまったのかもしれない。

それよりも一刻も早くこの場を離れないと、いつまた気が変わって追いかけてくるかもわからない。重い体と足を引きずりながら、私はすぐにその場を離れた。

「あれ?莉子さん?」

可愛らしい声に心臓がぎゅっと縮こまる。ぐぎぎと首を回して振り向けば、桃香ちゃんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

会いたくない相手に、どうして鉢合わせてしまうのだろう。

「……桃香ちゃん」
「どうしたんですか?なんか汚れてません?」

駆け寄ってきた桃香ちゃんは、私のブラウスの汚れをパタパタと払ってくれる。
どうして桃香ちゃんがここにいるんだろう。もしかして今から雄一のところに行くのだろうか。

「桃香ちゃんはお出かけ?」
「はい、彼氏のところに」

ニッコリと笑う桃香ちゃんはとても可愛らしくて、そして憎らしい。私の中のドス黒い気持ちが膨れあがって我慢ができなくなり、冷たい声が出た。

「彼氏って、雄一のことだよね?」

私が今日も祖父の家に泊まるって言ったから、だからきっと雄一が桃香ちゃんを呼んだんだ。きっと今日も二人で私の悪口を言うに決まっている。

桃香ちゃんの笑顔がふっと消え、冷ややかな表情になった。

「ちょっと莉子さんとお話したいんですけど、今、時間ありますか?」

何かの罠かもしれないと思いつつも、私はこくりと頷いた。私も桃香ちゃんと話がしたいと思っていたからだ。
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