捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
6.片想い
桃香ちゃんと別れてから、私の携帯電話には穂高さんからの着信が鬼のように入っていることに気づいた。そういえばずいぶんと夜も更けている。

――仕事が終わったらここに戻ってきて

今朝、そう言われて穂高さんのマンションを出た。何も言わずにこんな夜遅くまで帰らないから、きっと怒っているに違いない。

電話をかけ直すべきかと迷っていると、穂高さんの方からかかってきた。怒鳴られることを覚悟で通話ボタンをタップする。

「……もしもし」
『莉子さん!ああ、よかった繋がって。今、どこにいる?』
「えっと、あの……」

穂高さんの態度が思ってたのと違う。怒鳴られるかと思ったのに、その口調は終始私を心配するもので、強張っていた緊張の糸がしゅるりと緩んでいった。

ごめんなさいと謝って、今からマンションへ向かうと告げたけれど、迎えに行くからその場を動かないでほしいとお願いされた。

穂高さんが私を迎えに来てくれるのはこれで二度目だ。迷惑をかけたくないと思っているのに、結局迷惑をかけてしまっている。情けなくて気分が沈む。

しばらくすると穂高さんが息を切らしながら走ってきて、ますます私は居たたまれなくなった。

「帰ってきてくれないのかと思った」
「……そんなわけ、ないですよ」

穂高さんの切なそうな顔を見て、申し訳ないと共になぜだかほっとしている。私の帰る場所を与えてくれるのはこの人なのだと、思わせてくれるから。

「遅くなったこと、怒っていますか?」
「いや、莉子さんが無事ならそれでいい。帰ろうか」

穂高さんは私が持っていたカバンを持ってくれ、右手を取って歩き出す。その流れるような一連の動きは、あたかもそれが当たり前であるような気がしてしまう。

「あ、あの。カバン持ちます。重いので……いたっ」
「莉子さん?」

挫いた右足がズキリと痛み、前のめりになった私を穂高さんが咄嗟に抱えてくれる。ふわっとほのかにシトラスの香りが鼻を掠めた。

「ごっ、ごめんなさいっ」

顔を上げると穂高さんとの距離が思った以上に近くて、ドックンと心臓が揺れる。

「大丈夫?」

と、肩を抱かれ、触れられた部分に鈍い痛みが走る。思わず顔を歪めると、穂高さんも訝しげな顔をした。

しまった、と思ったときにはもう遅くて、ブラウスの汚れも目ざとく見つけられ、何があったのか問いただされてしまった。
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