捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
言うつもりはなかった。言えば怒られるかと思ったからだ。何かトラブルがあったとき、バカ正直に言うと「莉子が悪い」「莉子のせいだ」って、常に言われていたから、だから言わないようにしていた。

それなのに、目の前の穂高さんは怒るどころか泣きそうな顔をしていて、その反応に戸惑ってしまう。

「病院に……」
「いえ、そこまででは!本当に、大したことないんです」
「じゃあ、家に戻ったらちゃんと確認させて。怪我をしたところ」
「はい、わかりました」

穂高さんは再び私の手を取る。まるで手を繋ぐのは当たり前かのよう。私の心臓がドキドキと速くなっていくのがわかる。温かくて逞しい。ドキドキしているはずなのに、なぜだか安心できる。この矛盾した感情は、私が穂高さんを意識してしまっているからだろうか。それに、怪我をしたところを確認するって、もしかして背中も見るの……?

ドキドキを紛らわすように、私は話題を変えた。

「あの、カバン、持ちます」
「これくらいなんともないけど、何が入っているの?」
「えっと、着替え……とか」
「もしかして家に戻ったの?」
「はい…」

正直に返事をしたら、穂高さんが黙った。眉間にシワを寄せながら、渋い顔で「どうして?」と尋ねられる。

「だって穂高さんと結婚するなら一緒に住むのかと思って。だから着替えとかないと困っちゃうかなって。だめでしたか?」
「それでケガまでしたってこと?」
「うっ、……そうです」
「本当にもう、あなたって人は……。絶対に一人で何かしようとしないでと言ったのに」

「うっ、……ごめんなさい」

しょんぼり項垂れるが、思いのほか優しく頭をぽんとされて驚いて穂高さんを見る。勝手なことをしてさぞかし怒っているのかと思ったのに、彼は柔らかな眼差しで微笑んだ。

「莉子さんは悪くない。俺の考えが浅はかだっただけだから、気にしないで」
「え……?」

それっきり、穂高さんは何かを考え込むように黙ってしまった。こんなことになった手前、私も彼を追求することができずに、大人しく手を引かれて歩く。私の足の痛みを考慮してか、ゆっくりと歩いてくれる。近くのパーキングに止めてあった穂高さんの車に乗り込んで、私たちはようやく穂高さんのマンションへ到着した。
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