捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
私がシャツを握った手を包み込むように、穂高さんの手が重ねられる。そしてそっと肩を抱いてくれた。

「泣くのは?」
「……穂高さんの……胸の中?」

引き寄せられて穂高さんの胸に顔を埋める。鼻をくすぐるほんのりとしたシトラスの香りは、いつもの穂高さんの香り。とても落ち着く、私の精神安定剤みたい。優しく背中を撫でてくれる、その手が気持ちいい。

穂高さんの背中に手を回した。想像していたよりも遥かに逞しい胸板。彼に包まれて、不安定に揺れていた私の心が満たされた気持ちになる。溢れていた涙も思ったよりすぐに止まった。

「莉子さん、明日から少しソレイユを休業しよう。不本意かもしれないけど、ソレイユを守るためには今のままじゃダメだ。もう甘いことは言っていられない」

ぎゅうっと抱きしめられる、その手は背中の傷を優しく撫でる。慈しむように何度も何度も……。その度に、私の心臓がきゅっと悲鳴をあげる。どうしてこんなにもドキドキしてしまうのだろう。

「痛くない?」
「……どうして穂高さんはそんなに優しくしてくれるんですか?」
「どうしてって……」

背中を撫でていた手が止まる。穂高さんの手が私の頬に触れ顎を掬い上げられた。彼の胸に埋めていた私の顔は、しっかりと穂高さんの方を向かされて、彼の綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

「結婚するんだから、大切にするのは当たり前だろう?」

ふっと微笑んでくれた穂高さんは慈愛に満ちている。嬉しいのに、なぜだか胸が痛い。

あ、そっか。
そうだよね。
穂高さんは責任感が強いもの。
私と結婚するから、その責任を果たそうとしてくれているだけなんだ。

その事実が、悲しい。
どうしてだろう。

ぶわっと一気に視界が揺らいだ。私はもう一度穂高さんの胸に突っ伏す。

「莉子さん?」
「……ごめんなさい……もう少し、泣かせてください」

泣くときは穂高さんの胸の中でという言葉を免罪符に、私は彼にしがみつく。

ああ、自分の胸の痛みに気づいてしまった。
こんな数日でこんなにも彼に惹かれるなんて。

私、穂高さんのことを好きになってしまったんだ――
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