捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
「穂高さん。あの、えっと……」
「今日もトーストでいい?」
「はい。ていうか、すみません。私、何もしてない……」
「いいよ。こういうのは、やれる方がやればいいだろ?気にしなくていいよ。それより体調はどう?顔色はよさそうだけど」
「はい。おかげさまで、もうすっかり」
「そっか、よかった。じゃあしっかり食べて。今日からソレイユは休業するけど、まずは彼等と話し合いをすることになるから」

穂高さんの言葉に、心臓が嫌な音を立てた。先ほどまでの浮ついていた気持ちはしゅるしゅると鳴りをひそめていく。急に現実が襲ってきた気がして、気が遠くなりそうになった。

「莉子さんはここにいてもいいよ。彼等と会うのはつらいだろ?」
「え、でも……」
「ここからは弁護士の仕事だから」

穂高さんは何でもないように言う。それはとてもありがたいことだと思うけれど、それでは申し訳なさすぎて逆に心臓が痛い。だってこれは私の問題なのだから。それに、弁護士の仕事だからって言うけれど、私にはとてもじゃないけど弁護士費用は払えない。ただでさえソレイユの売上が落ちているというのに。

「あの、穂高さん。申し訳ないんですが、私には弁護士費用を払うお金がないんです」
「え?」
「だから、その……お気持ちは嬉しいんですけど、頑張って自分でなんとかしますので……」
「待って。弁護士費用をもらうだなんて思ってないよ。どうして俺の妻にお金を請求するんだよ。弁護士という職業を利用させてもらうだけだから」
「妻……?」
「昨日、婚姻届書いただろ?」

とたんに、ぶわっと顔が熱くなった。確かに昨日、婚姻届を書いた。穂高さんと結婚することも、夢ではなかったらしい。だけどそれは、利害が一致しただけの偽装結婚のようなもので……。

「それでもやっぱりタダというわけにはいかないです」

だってそんなの、申し訳ないもの。私のためにたくさん時間を割いてくれているのに、妻だからって甘えてはいけないと思う。

穂高さんは「別にいいのに」と呟きながらも、手を顎に当ててうーんと考え込む。

「じゃあ、報酬もらおうかな」
「はい。あの、すぐには払えないかもしれないですけど……」
「報酬は莉子さんがいい」
「はい……はい?」
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