捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
身支度を整えて、穂高さんと一緒にソレイユへ向かう。

今日からソレイユは休業するんだ……。祖父から引き継いだあの日から、決められた定休日以外休んだことがない。ずっと頑張ってきたのにな……。

「莉子さん、大丈夫?」

穂高さんがそっと背中を支えてくれる。
その手はとても温かい。

「大丈夫です。穂高さんに頼ってばかりじゃダメなので。それに、穂高さんが味方でいてくれるから、頑張れます!」

今日の穂高さんは、濃いグレーのスーツにネクタイを歪みなく結び、胸元には普段はつけない弁護士バッチを付けている。それだけで彼の威厳がぐんと上がるような、そんな印象。頼もしくて仕方がない。

ソレイユをいつも通り鍵を開け、空気の入れ替えをする。新鮮な空気が入り込んで、燻っている淀みが消えていくようだ。

「少し、作戦会議でもしようか」
「作戦会議?」
「そう。せっかく莉子さんが頑張ってくれるんだしね」

穂高さんはいつもの角の席に座る。二人分のコーヒーを淹れて、対面に座った。

「ありがとう」

ニッコリと微笑んでカップに口をつけてくれる。コーヒーの香りとゆったりとした穂高さんの姿に、ほっこりとした気持ちになった。

しばらく二人で話をして、まるでこれから雄一たちと話し合いをするだなんて思えないほど、穏やかな時間だった。穂高さんとの会話は、心を豊かにする。身構えないで話ができるし、思ったことを口にしても「そうだね」とまず肯定してくれる。それがとても嬉しくて、満たされた気持ちになる。ずっとこの時間が続けばいいのにと思った。

やがて千景さんが出勤し、ほどなくして雄一と桃香ちゃんも出勤してきた。いつもと違う雰囲気に、全員の顔が険しいのがわかる。

「莉子ちゃん、臨時休業って?」

千景さんが表の入口に貼られた『臨時休業』のお知らせを指差す。雄一と桃香ちゃんも意味がわからないといったように、私を見る。その視線はとても冷ややかで、尻込みしそうになるのをぐっと堪えた。

「突然すみません。皆さんにお伝えしなくてはいけないことがあります。こちらは弁護士の石井さんです。ソレイユの資金繰りが苦しく、……支払いの督促にいらっしゃいました」
「はじめまして。弁護士の石井穂高と申します」

うっすらと笑みを浮かべた穂高さんは、眼鏡の奥の瞳を強くした。

「資金繰り?」
「弁護士?」

雄一と桃香ちゃんは怪訝そうな顔をするけれど、穂高さんの弁護士バッチを見るやいなや、はっと目を見開いた。
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