捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
「桃香、てめぇ! 俺を騙しやがったな」

雄一が声を荒げた瞬間、桃香ちゃんが「きゃっ」と悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。雄一に蹴り飛ばされたのだ。

「桃香ちゃん!」

慌てて駆け寄ると、「莉子さん〜」と涙声で抱きついてきた。やっぱり、雄一が桃香ちゃんを脅していたのは本当だったのだろうか。ソレイユを辞めさせるって脅されて――

「罪を重ねたくなかったら、暴力はやめたほうがいい。大人しくソレイユを去るなら、罪には問わないですよ」
「罪って、別に俺は悪いことしてないだろ。まあ、今のはなんだ、ちょっとカッとなったっていうか……。それに、莉子とはもう別れたんだ。なあ、莉子」
「君が莉子さんと別れようがどうでもいいんですよ。実際、恋人関係になにも制約はありませんからね」
「は?だったら――」
「それよりも、君がソレイユの土地を売ろうとしていたことも証拠を出しましょうか?」
「は?土地?証拠?」
「悪いけど、こちらはすべて証拠が揃っているんですよ」

ニッコリと微笑む穂高さんは、笑っているのにまるで悪魔のようなオーラを漂わせて冷ややかに雄一に対峙する。たくさんの書類の中から一枚ペラリと雄一に渡すと、みるみるうちに雄一の顔が青ざめていった。

「何か言いたいことがあるなら聞きますが、証拠をもっと出せと言うならいくらでも出しますよ。こちらとしては裁判でも示談でも、どちらでも構わないけど、どうしますか?」

穂高さんの悪魔の微笑みに当てられ、雄一は反論する気も失せたのか、苦虫を噛み潰したような顔で黙った。そして、私と桃香ちゃんをキッと睨みつける。

いつもなら、それが怖いと思っていた。私を蔑むような視線。何か文句を言われるんだろうと身構え、心臓がぎゅっと掴まれる感覚。それが、今はもうだいぶ緩和されている気がする。それもこれも、穂高さんが隣にいてくれているからだろうか。

ふと穂高さんを見れば、雄一に向けるのとは違う、柔らかな視線で微笑まれた。それにまたほっとする自分がいる。

「ソレイユのオーナーは莉子さんですからね。莉子さんはどうしたいですか?」
「え、私ですか……?」
「莉子さんが決めていいですよ。訴えるもよし、慰謝料を請求するもよし、莉子さんが決めたことに対して、僕は弁護士としてお手伝いしましょう」

私は雄一を見る。思い切り睨まれたけれど、やっぱり怖い気持ちにはならなかった。こんな数日で私の中の気持ちに変化が起こるなんて思ってもみなかった。
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