捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
私はくるりと向きを変えて、穂高さんと向き合った。ライトは消してしまったから薄暗いけれど、レースのカーテン越しに外の明かりが部屋を照らす。ぼんやり見えた穂高さんの顔はまるで泣いているかのようで、思わず彼の頬に手を伸ばした。

頬は濡れてはいなかった。それでもやっぱり泣いているように見えた。穂高さんにそんな顔をさせてしまうことが申し訳なくなる。

「……泣いているかと思って」

頬に触れてしまった理由を言い訳がましく述べて、手を引っ込めようとする。その手を掴まれてぎゅうっと握られた。

「莉子さんは優しいね」
「優しいのは穂高さんの方です。ソレイユを休業するのは穂高さんのせいじゃありません。全部私が悪いんです。穂高さんはそんな私を助けてくれたヒーローですよ。だから、すごく感謝してて……。そんな風に自分を責めないでください」

私は握られている手に、もう片方の手を重ねた。穂高さんの大きな手は私の片手じゃ包み込むことができないけれど、大丈夫だよと伝えるように優しく撫でる。

暗くてはっきりとはわからなかったけれど、私たちはしばらく見つめ合っていた。空気が研ぎ澄まされる。緊張だとか、そんなものはいつの間にかどこかに消えていて、ただ、繊細で甘やかな時間がゆるりと流れる。

「少し話をしてもいい?」

しっとりとした声音は落ち着いているのにどこか憂いを帯びていて、私は心配になりつつも小さく「はい」と返事をした。手は握ったままだ。空気が揺れる。

「……弁護士ってたまに恨まれることがあって、ある案件を受けたときに、怒った相手が俺の依頼人を傷つけたことがあるんだ」
「傷つける?」
「殴られてね、二日間意識がなかった。それがすごくショックで、自分を責めたよ。俺がもっと考えていれば、注意していればって。だから二度とそんなことにはならないようにと思っていたんだけど……。怪我をした背中は痛くない?」
「大丈夫です。なんともありません」
「莉子さんを危険な目にあわせたことも、俺の判断ミスで……。でもソレイユを休業させることも、莉子さんには辛い選択をさせている。もっと他に方法はあったかもしれないのに、本当にごめん」

握られた手に力が込められるのがわかる。
そんな過去に心を痛めていたなんて、知らなかった。それなのに私のことも助けてくれて、やっぱり謝られることは何もない。穂高さんは十分すぎるほどに、力になってくれているのだから。
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