捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される
くすっと笑う気配がしたかと思うと、顔を覆っていた手を避けられる。

「可愛いよ」

しっとりした声が聞こえた瞬間、ふわっと唇が重なった。柔らかくて甘くて、優しさに溢れている。キスひとつで私の体も思考も、ぐずぐずに蕩けさせられる。こんなキス、したことがない。体の奥のほうが疼いて、何かを求めているような妙な感覚に戸惑う。

「してもいいの?」
「穂高さんに下手だって思われたくないです」

上手いだとか下手だとか、そんなこと関係ないって頭ではわかってる。穂高さんが言うことも理解したつもり。だけど雄一と桃香ちゃんに言われたことがどうしても足枷となって、私の心を苦しめる。

「そんなこと考えられないくらい愛したい」
「あい……?」
「愛してるよ、莉子」
「う、そ……」
「俺はずっと前から莉子が好きだった。覚えておいて」

つーっと、自然と目尻から涙がこぼれた。
穂高さんの気持ちが流れ込んでくるみたい。胸が張り裂けんばかりに苦しくて、感情が溢れてくる。たくさん悩んだことも、ぐじぐじ考えていたことも、もうこの世の終わりだって思ったこともあったはずなのに、それが今パアンっと弾けて粉々に砕け散った。足枷が、外れた。

私は穂高さんの首に手を回す。

「――き。好きです。穂高さんのことが好き――」

言葉にならないほどの感情が溢れてどうしようもなくなった。私だけが穂高さんを好きだと思っていた。これからずっと片想いが続くんだろうなって、苦しくて苦しくて、それでも一緒にいられることをありがたく思っていたのに。穂高さんが私を「愛してる」だなんて――。

「莉子」
「……夢ですか?」
「夢になんてさせないよ」

ぎゅうっと抱きしめる腕に力が入る。もうそれだけで、幸せでどうにかなってしまいそう。穂高さんが私を求めてくれることが嬉しい。

求められて嬉しいって思ったの、初めてかもしれない――
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