メアリー様の初恋事情
2話
◯家・洗面所(朝)
1話の翌日。
上下セットのパジャマ寝癖のついた髪のまま洗面台で歯を磨く芽愛莉。
表情はぼーっとしている。
芽愛莉(……私が篁くんと付き合う?)
顔を洗う芽愛莉。
拭いた顔を鏡で見る。
芽愛莉(うん、やっぱり夢だよね。夢のわりにはリアルだったな……。篁くんの優しい手とか、抱きしめられたときの体温とか)
母「芽愛莉ー! いつまで顔洗ってるの? もう時間でしょ」
芽愛莉「い、今から着替える」
家を出る前にスマホがピコンと鳴り、篁くんと表示されていた。
慌ててスマホを手に取る芽愛莉。
付き合うことになったふたりは連絡先を交換していた。
芽愛莉「夢じゃなかった……」
◯学校の最寄り駅
駅の付近でスマホを見ながら立っていた圭介。
芽愛莉「た、篁くん……!」
芽愛莉が声をかけるとスマホをズボンのポケットへとしまう圭介。
圭介「急に連絡して悪かった」
芽愛莉「ううん」
全力で首を横に振る芽愛莉。
芽愛莉(びっくりはしたけど……)
圭介『今日、一緒に登校しない?』
圭介から連絡がきたときのスマホの絵。
圭介「駅から一緒にいるほうが付き合ってる感じが出ていいかなと思って」
芽愛莉「そ、そうだね」
芽愛莉(付き合ってるふりなのにここまでしてくれるなんて、篁くんって本当に優しい人なんだな)
歩きながら圭介の顔を盗み見る芽愛莉。
学校に近づくにつれ、周りがざわざわとしはじめる。
同じ学校の生徒たちは芽愛莉と圭介に視線を向けていた。
女子生徒A「どうして篁くんとメアリー様が一緒に登校してるの⁉」
女子生徒B「た、たまたま並んで歩いてるだけじゃないの。たまたま」
男子生徒A「メアリー様って、同級生には興味ねぇって聞いたけど?」
男子生徒B「俺も……」
圭介「さすがメアリー様だな。皆みてる」
芽愛莉「わ、私じゃなくて篁くんを見てるんじゃ……?」
芽愛莉(なんだかいつも以上に注目されてるような……。これで本当にメアリー様を卒業できるのかな?)
◯学校・教室
芽愛莉(つ、疲れた……! なんだか、学校がいつもより遠く感じた)
舞「め〜あ〜りっ! 先に登校してて言うから何か用事でもあるのかと思ったら、篁と一緒にくるってどういうこと⁉」
教室に足を踏み入れるやいなや、舞につかまる芽愛莉。
芽愛莉はメッセージや電話ではうまく伝えられない気がして、会ってから話そうと決めていた。
芽愛莉「あ、あのね舞!」
女子生徒A「ねぇ、篁くん! なんでメアリー様と一緒にいたの!!」
話しかけてくる女子生徒Aに何も答えない圭介。廊下側の前から3番目の席に着席。
女子生徒B「ねぇってば!」
千隼「答えてやれば? 皆知りたがってるじゃん」
千隼は女子3人を連れながら圭介のもとへとやってきた。
見方によっては圭介と千隼が睨み合ってるように見える。
圭介「……そんなの付き合ってるからに決まってるだろ」
圭介の言葉に教室内が一気に騒がしくなる。
舞「ちょ、どういうことよ」
その中でも、一際驚いた様子を見せたのは舞。
舞「……って、どうして芽愛莉までびっくりしてるの?」
芽愛莉は圭介の堂々とした態度に驚いていた。
女子生徒B「付き合ってるって……メアリー様って社長の彼氏がいるんじゃないの? 不倫してるんだっけー」
女子生徒Bはわざと皆に聞こえるように話し、クスりと笑った。
生徒たちが至る所でヒソヒソと話しはじめる。
芽愛莉は教室にいた遠野と目が合い、ハッとした表情をしてすぐに逸らす。
手はスカートの裾をぎゅっと握りしめている。
舞「あんたたちねぇ、適当なこと……」
圭介がギィとイスを引き、無言で芽愛莉のもとへと移動。隣に立ち、肩を抱く。
圭介「誰が言い出したのか知らないけど、山下は不倫なんかしてない。それに俺が初めての彼氏だ」
圭介の言葉に生徒たちは目を見合わせてバツの悪そうな顔をする。
圭介「山下のことをよく知りもしないで、勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
圭介は遠野を見ながら言った。
遠野は自分の昨日の発言を思い出して、ハッとする。
圭介は芽愛莉の手を取り教室を出た。
女子生徒A「千隼、一体どういうことなの⁉」
千隼「さー」
千隼は芽愛莉の手を取り教室を出ていく圭介を冷たい目で見ていた。
廊下を歩く芽愛莉と圭介に生徒たちの視線が集まる。
芽愛莉「あのっ、篁くん。あ、ありがとう」
芽愛莉(まさか、あんなにもはっきりと噂を否定してくれるなんて……)
人気のない階段の踊り場で足を止めた圭介は芽愛莉の顔を両手で優しく挟んでまじまじと見る。
芽愛莉「たか……むらくん?」
圭介「また泣いてるんじゃないかと思って」
芽愛莉「私、そんな簡単に泣かないよ」
芽愛莉(でも今、涙が出そうだよ。だって、篁くんがあまりにも優しいから)
圭介「勝手に付き合ってるって話してごめん」
芽愛莉「ううん。噂を否定してくれて嬉しかった。ありがとう」
圭介「あと手も勝手に握ってごめん」
圭介の言葉にさっきまで手を繋いでいたことを思い出す芽愛莉。
芽愛莉「だ、大丈夫。嫌じゃなかったし」
芽愛莉(篁くんの手、大きかったな……)
芽愛莉「どちらかって言うと」
圭介「どちらかって言うと?」
芽愛莉「な、なんでもない」
芽愛莉(ドキドキしたなんて言えないよ)
顔を赤くする芽愛莉を見て、圭介も伝染したように頬が赤くなる。
圭介「……そろそろ教室戻るか」
芽愛莉に気づかれないようにそっぽを向いて歩きだす圭介。
芽愛莉「う、うん」
芽愛莉は圭介と一緒に教室へと戻る。
◯学校・外廊下(1時間目終わりの休み時間)
舞「遠野との報告を楽しみにしていたのに、まさか篁とのなれそめを聞くことになるなんてね」
昨日のことを全て舞に話した芽愛莉。
舞「ていうか、許せんな。遠野のやつ」
舐めてた飴を噛み砕く舞。
芽愛莉「しょうがないよ。今まで誰も信じてくれなかったんだから」
悲しそうに笑う芽愛莉。
舞「でも、篁は信じてくれたんでしょ? 女子も私が否定したときは信じなかったくせに今はすっかり黙り込んじゃって。まぁ、一部は芽愛莉に対する嫉妬で言ってた部分もあるんだろうけど」
舞の言う通り女子の一部は真実か嘘かはどうでもよくて、芽愛莉がモテることへの嫉妬心から噂を流すこともあった。
舞「だけど、篁も篁で何か怪しいよね」
芽愛莉「へっ?」
舞「どうして芽愛莉と付き合う提案なんてしてきたんだろう」
芽愛莉「女の子が嫌いだから私と付き合ったら平和になるって言ってたけど……」
舞「なーんか、納得いかないのよね。本当に彼女をつくって平和になると思ってるならもっと早くつくらない? 今、1月だよ」
芽愛莉「それは……」
芽愛莉(昨日、私のひとりごとを聞いて同情したから……とか?)
舞「それに、あの柳瀬の友達っていうのがねー」
芽愛莉「柳瀬くん、いい人だよ?」
芽愛莉(私にも普通に挨拶してくれるし)
舞「いい人は複数の女と同時に関係を持たないの」
芽愛莉「それって私みたいにただの噂じゃ……」
舞「あっちは目撃情報多数あり。私も今年に入って3回あいつが校内で女とキスしてるの見た。それも、どれも違う子」
舞が軽蔑したような表情で教室内にいる柳瀬に視線を向ける。
芽愛莉(こ、校内でキス……)
恋愛経験のない芽愛莉は校内でキスという言葉にドキッとした。
舞「とにかく、何かあったらすぐ報告して。芽愛莉を傷つけるようなやつだったら私が殴りに行ってやるから」
芽愛莉「も、もー物騒だなぁ。大丈夫だよ」
◯学校・教室
チャイムが鳴り、席に着く芽愛莉。
芽愛莉(とは言ったものの、篁くんが何を考えているのかは正直、私もよくわからないんだよなぁ……)
無意識のうちに圭介に視線を向けていた芽愛莉。
圭介と目が合い、ドキッと胸が高鳴り視線を逸らす。
視線を戻すと圭介は前の席の男子と話していた。
芽愛莉(び、びっくりした。篁くんも私のこと見てるのかと思った……)
◯学校・教室(放課後)
授業が終わって、舞と談笑しながらドアの方へと歩く芽愛莉。
教室を出ようとしたら、千隼が手を伸ばし道(ドアの部分)を塞ぐ。
千隼「メアリー様。今からWデートしない?」
にっこりと笑顔を浮かべる千隼に芽愛莉はぽかんとした表情をする。
芽愛莉「えっと……Wデート?」
芽愛莉(誰と誰が?)
千隼「そう。圭介とメアリー様。そして、俺と舞ちゃん」
舞「はぁ、何言って」
圭介「何、やってるんだよ」
呆れた様子で話しかけてくる圭介。
千隼「いいじゃん。だって、ふたり付き合ってるんだろ? それともあれってただのでまかせ?」
千隼はわざと大きな声を出し、圭介と芽愛莉が断れない状況をつくった。
圭介「千隼、おまえ」
千隼「決まりだな」
舞「ちょっと、勝手に話を進めないでくれる? どうして私がWデートなんか」
千隼「じゃあ、舞ちゃんは帰っていいよ。俺と圭介とメアリー様の3人で遊びに行くから。ね、メアリー様?」
千隼の誘いを断れない芽愛莉。
舞「この卑怯者。わかったわよ、行けばいいんでしょ、行けば」
芽愛莉を人質に取られた舞は嫌々Wデートを受け入れた。
芽愛莉「いいの舞?」
舞「篁が何考えてるのか知るチャンスだし、行ってやろうじゃないの」
芽愛莉(な、なんだか変な火がついちゃってないかな。大丈夫……?)
◯カラオケ店の前
大型店舗のカラオケを見上げる芽愛莉。
芽愛莉(カラオケ……)
芽愛莉がカラオケに来るのは、あの合コンがあった日以来、今日が初めて。
千隼「メアリー様、どうかした?」
立ち止まる芽愛莉に千隼が声をかける。
芽愛莉「う、ううん。なんでもない」
◯カラオケルーム
並んで座る芽愛莉と舞。テーブルを挟んで圭介と千隼が並んで座る。
テーブルには飲み物と軽食が並んでいて、ポテトをつまむ千隼。
千隼「で? どーなってんの」
圭介「なにが?」
千隼「圭介とメアリー様が付き合ってるって話だよ。俺が簡単に信じるとでも?」
圭介と芽愛莉は目を合わせる。
芽愛莉「わ、私から説明するよ」
芽愛莉は舞に伝えたように昨日のことを千隼に話した。
千隼「なーんだ。そういうことか。圭介が急に彼女つくるなんておかしいと思ったんだ」
千隼「はー、スッキリした。てか、そう言うことなら友達の俺には先に教えろよ」
圭介「悪い」
千隼「メアリー様の誤解が早く解けるといいね」
芽愛莉「ありがとう、柳瀬くん」
千隼「それじゃあ、今日は普通に楽しもっか」
時間経過。
千隼に入れられた曲を歌う舞。
千隼に煽られて対戦中。
圭介は席を移動して芽愛莉の隣に座った。
圭介「千隼が無理に連れてきてごめん」
声が聞こえるように芽愛莉の耳元で話す圭介。
芽愛莉(ち、近くない? 篁くんの声がすぐそこで聞こえてくる)
芽愛莉の心臓が大きな音を立てる。
圭介「適当に切り上げるから」
芽愛莉「大丈夫だよ。最初はびっくりしたけど、私、男友達っていたことがないからこういうの新鮮で楽しい」
芽愛莉(舞もなんだかんだ言って楽しそうだし)
圭介「それならよかった。でも、俺は初めてのデートはふたりでしたかったけど」
圭介の言葉に芽愛莉の鼓動は速くなる。
芽愛莉「ほ、放課後も付き合ってくれるの?」
芽愛莉は校内だけの彼氏・彼女だと思っていた。
圭介「だって俺、山下の彼氏でしょ?」
芽愛莉が返事をする前に千隼が割り込んでくる。
千隼「そこー。いちゃつくの禁止だから。メアリー様もなんか歌ってよ」
芽愛莉「あ……えっと、私飲み物入れてくる!」
圭介の言葉に動揺していた芽愛莉は空になったコップを手に取り慌てて部屋から出た。
◯ドリンクバー前
芽愛莉「私たちの関係って……ただのふり……だよね?」
ジュースを注ぎながら、圭介が本当の彼氏のように接してきたことに戸惑う芽愛莉。
千隼「メアリー様」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると千隼が空のコップを持って立っていた。
芽愛莉「……柳瀬くん!」
千隼「メアリー様はオレンジジュースにしたんだ」
にこにこと話しながらメロンソーダを注ぐ千隼。
千隼「あのさー、メアリー様」
千隼「ふたりが付き合うことになった経緯はわかったけどさ。やっぱり納得いかないんだよね。圭介のことどうやってたぶらかしたの?」
千隼から笑顔が消えていた。
芽愛莉(柳瀬くん……?)