メアリー様の初恋事情
3話
◯カラオケ・ドリンクバーの前(放課後)
ドリンクバーでジュースを注いでいた芽愛莉のもとに千隼がやってきた。
千隼はジュースを注ぎ終えたタイミングで、芽愛莉に「ふたりが付き合うことになった経緯はわかったけどさ。やっぱり納得いかないんだよね。圭介のことどうやってたぶらかしたの?」と質問。
芽愛莉は初めて見る千隼の冷めた表情と言葉に困惑していた。
芽愛莉「たぶらかしたって……」
千隼「いくらその場に居合わせたからって、圭介が自分から付き合う提案をするとは思えないんだよね」
芽愛莉「さっき話たことが全てで私は篁くんをたぶらかすようなことはしてない」
千隼「じゃあ、何か弱みを握ったとか? “あの女みたいに(小声)”」
千隼「メアリー様はおかしいと思わないの? 圭介になんのメリットもないよね」
千隼の言葉に芽愛莉はドキッとした。
千隼の言う通り、圭介にメリットがないことは芽愛莉もわかっていたからだ。
千隼「確かに圭介は周りをうろつく女の子に嫌悪感を抱いていたけど、相手にしなきゃ済む話だし、メアリー様と付き合うほうが面倒だと思うんだけど」
芽愛莉(きっと私なんかよりも柳瀬くんのほうが何倍も篁くんのことをわかっている。その柳瀬くんが言うんだから篁くんと私が付き合ってるのはやっぱりおかしいのかな……。でも、私は)
芽愛莉「篁くんが私と付き合ってくれている理由は私にもよくわからない。でも、私は篁くんをたぶらかしたり、弱みを握るようなことをしたりした覚えはない……です」
芽愛莉は握った拳を震わせながら反論した。
千隼「そう言われてもな(小声)」
千隼「……わかった。メアリー様のことを信じるよ。色々と疑ってごめんね」
千隼の言葉にホッと胸を撫でおろす芽愛莉。
千隼「じゃあさ、その相手って別に圭介じゃなくて俺でもいいよね?」
芽愛莉「え?」
千隼「圭介の代わりに俺が彼氏の役をするってどう? 噂を否定したいなら俺のほうが適任だと思うよ。女の子たちとも友好的だし噂なんてすぐに消せるかも」
芽愛莉(私と柳瀬くんが……)
芽愛莉「それは……」
千隼「噂を否定できればそれでいいんでしょ? 相手が誰でも」
千隼が芽愛莉に詰め寄る。
芽愛莉「ち、ちが……」
圭介「千隼! 何やってんだよ」
芽愛莉たちが帰ってこないことを不思議に思った圭介が駆けつけて、芽愛莉を自分の背中へと隠した。
千隼を睨みつける圭介。
千隼「俺はただ……」
芽愛莉「違う」
圭介の後ろから出てくる芽愛莉。
芽愛莉「誰でもよかったわけじゃない。そもそも、私は噂を否定すること自体諦めていた。私の言葉なんて誰も信じてくれないって」
芽愛莉「だけど、篁くんは私の言葉を信じてくれたから。だから、もう我慢するのはやめようと思ったの。メアリー様を卒業したいって。そして、普通に恋がしたい。その相手は……篁くんじゃないと嫌だ」
芽愛莉は千隼の目をまっすぐに見て言う。
圭介「山下……」
千隼「はー俺のお手上げ。俺もメアリー様と付き合いたいなーと思ったのに。でも、振られちゃった」
冗談っぽい口調で話し、笑う千隼。
圭介「おい、適当なこと言うなよ。ちゃんと山下に謝れ」
芽愛莉「だ、大丈夫だよ。篁くん。柳瀬くんは篁くんのことが心配で私を試しただけなんじゃないかな?」
芽愛莉の言葉に千隼は目を見開く。
千隼「は……なんで」
芽愛莉「柳瀬くんはあえて私が傷つくような言葉を選んでいるように思えた。篁くんのことが心配で……」
芽愛莉(だって、私の噂が嘘だってことは信じてくれていたんだよね? だから、篁くんの代わりを名乗り出てくれた)
千隼「……あーあ、だっせ。そうだよ、俺はまた圭介があのときみたいに傷つくんじゃないかって心配で、メアリー様を圭介から引き離したかったんだよ」
千隼(メアリー様はあいつとは違うのに)
千隼「わざと傷つけるようなことしてごめんね、メアリー様……ううん、芽愛莉ちゃん」
芽愛莉「ううん」
芽愛莉は首を横に振る。
千隼「あ、でも芽愛莉ちゃんと付き合いたかったのは本当だよ」
芽愛莉の髪に触れて笑う千隼。
免疫のない芽愛莉は顔が赤くなる。
圭介「おい」
圭介は千隼の手を掴み、払う。
千隼「冗談だからそんな怒んなって。俺は先に舞ちゃんのところに戻るから、どうぞふたりはごゆっくり」
千隼はひらひらと手を振ると、先に部屋へと戻っていった。
圭介「千隼がごめん」
芽愛莉「ううん」
圭介「千隼が話してた話……。忘れて」
芽愛莉(柳瀬くんがしてた話って篁くんが誰かに傷つけられたって話だよね?)
芽愛莉「うん、わかった」
圭介「今度、自分の口から話すから」
芽愛莉(話してくれるんだ)
芽愛莉「わかった。篁くんが話したくなったら、言って。いつでも聞くから」
芽愛莉の笑顔に圭介は安心したような表情を見せる。
圭介「あのさ、山下にひとつ聞きたいことがあるんだけど」
芽愛莉「何?」
圭介「千隼に言ってた『その相手は篁くんじゃないと嫌だって』どういう意味? メアリー様を卒業するために付き合っていく相手のこと? それとも恋をする相手?」
自分の発言を思い出して赤くなる芽愛莉。
芽愛莉(わ、私なんてこと言っちゃったんだろう!)
芽愛莉「あの……それはえーっと」
圭介「ふっ。山下も話したいときでいいよ。だから、いつか聞かせて」
圭介はそう言って笑った。
◯学校・中庭(お昼休み)
芽愛莉と圭介が交際を初めて1週間。
お昼休みに外のベンチでお弁当を食べる芽愛莉と圭介、舞、千隼の4人。
芽愛莉(4人でカラオケに行った日以来、一緒に過ごす時間が増えた私たち)
千隼「あ、舞ちゃん。それちょーだい」
舞のお弁当箱から卵焼きをつまんで口に入れる圭介。
舞「ちょっ! 何すんのよ」
千隼「……うまっ。舞ちゃん家の卵焼き美味すぎない?」
卵焼きを食べた千隼が美味しさに驚く。
芽愛莉「それ舞の手作りだよ。舞はいつも朝、自分でお弁当を作ってるの」
千隼「へー、意外」
舞「どういう意味よ」
千隼の胸ぐらを掴む舞。
千隼(そういうことろだよ。って言ったら殴られそー)
千隼「い、今まで食べた卵焼きの中で一番美味しかったよ。今度、俺にも作ってきてほしいな」
話を逸らす千隼。
舞は少しだけ照れた様子を見せるが、ハッと我に返る。
舞「あんたのお弁当なら喜んで作ってきてくれる人がいるでしょ」
フィッと顔を背ける舞。
千隼「いやー誰のことかわかんないなぁ」
舞「多すぎてね」
千隼と舞は端から見るとケンカップルのよう。
圭介「あいつら、息ぴったりだよな」
芽愛莉「あはは」
苦笑いする芽愛莉。
圭介「山下は料理苦手なんだっけ?」
芽愛莉「うん。私も舞を見習って頑張らなきゃ」
圭介「今度、一緒に練習する?」
芽愛莉「篁くんって料理得意なの?」
圭介「親が仕事で忙しくて、ほぼ一人暮らしみたいなもんだから簡単なものなら作れる」
芽愛莉「すごい! じゃあ、今度教えてもらってもいいかな?」
圭介「うん」
芽愛莉「ありがとう」
◯学校・廊下
昼食を食べ終えて教室に戻る4人。
圭介と千隼の後ろを歩く芽愛莉と舞。
舞「篁といい感じじゃん」
圭介たちには聞こえないように言う舞。
芽愛莉「そ、そんな……っ!」
舞「本当のカップルになるのも時間の問題じゃない?」
舞は手で顔を隠しながらにやにやと笑う。
芽愛莉「それはないと思うな……」
芽愛莉(篁くんは過去の恋愛にトラウマを持っていそうな雰囲気だったし)
舞「でも、気になってるんでしょ?」
舞の言葉に顔を赤くして小さく頷く芽愛莉。
芽愛莉(篁くんといると胸がドキドキして、近づくと緊張で息が止まりそうになる。恋ってこういう気持ちなのかな?)
芽愛莉(篁くんと付き合ってまだ1週間しか経ってないし、男の子への免疫のなさが原因かとも思ったけど……遠野くんや柳瀬くんと話しているときとは違う)
舞「私、最初は疑って色々言っちゃったけど応援してるから。まぁー、柳瀬も思ったより悪いやつじゃないし」
舞が口をとがらせる。
芽愛莉「私も応援するよ」
舞「わ、私のはそういうのじゃないから! そ、そういえば次って英語だったよね⁉ 課題やったかなー」
自分の話になり話題を変える舞。
芽愛莉(舞と柳瀬くんの話も今度ゆっくり聞きたいな)
舞「あれっ……そういえば今日って月曜じゃん」
足を止めた舞が芽愛莉のほうを向く。
芽愛莉「あっ……」
◯学校・教室(放課後)
自分の席で頭を抱える芽愛莉。
芽愛莉(今日が図書当番だってことすっかり忘れてた〜!)
芽愛莉(遠野くんとはあれ以来話してないんだよな)
小さなため息をつく芽愛莉。
◯(回想)お昼休みの話の続き
舞『当番代わろうか?』
芽愛莉『自分の仕事はきちんと自分でするよ』
(回想終了)
芽愛莉(舞にはああ言ったけど、気が重い)
鞄を持って席を立つ。
芽愛莉(あれ? そういえば遠野くんどこ行ったんだろう)
遠野の姿が見当たらない。
遠野の姿を探す芽愛莉の前に圭介が現れた。
芽愛莉「あ、篁くん。私、今日……」
圭介「図書当番だろ? 鍵取りに行こうぜ」
芽愛莉「へ?」
ぽかんと口を開ける芽愛莉。
圭介「遠野と代わってもらった。元々、代理なんだから俺でもいいだろ」
図書室の鍵を見せて、廊下へと歩きだす圭介。
芽愛莉「ま、待って篁くん」
追いかける芽愛莉。
一部始終を見ていた舞。
舞「やるじゃん。篁」
千隼「圭介と芽愛莉ちゃんは当番だし、今日はふたりで出かけちゃう?」
舞の机に腰掛けて聞く千隼。
舞「私はラテ(犬)の散歩があるから」
ひらひらと手を振って帰っていく舞。
千隼「え〜、俺より犬優先……」
◯学校・図書室(放課後)
芽愛莉は受付、圭介は本の返却以外は芽愛莉の隣に座っている。
芽愛莉(篁くんがいたら女の子が集まっちゃうんじゃないかと思ったけど、意外と落ち着いてる)
それぞれ仕事をして、下校時刻。
最後の戸締まりをしようと芽愛莉と圭介が図書室を出たら廊下に遠野がいた。
遠野「山下さん……」
芽愛莉「と、遠野くん……? 図書当番なら篁くんが」
遠野「うん。交代することになった。ごめん」
遠野が勢いよく頭を下げる。
芽愛莉「……⁉」
遠野「この前は噂を鵜呑みにして、山下さんを傷つけて本当にごめん」
芽愛莉「……あ、頭をあげて?」
頭をあげる遠野。
遠野「山下さんはもう俺なんかと話したくなかったかもしれないけど、どうしても直接謝りたかったんだ」
芽愛莉(遠野くん……)
芽愛莉「謝りにきてくれてありがとう。それから、今まで前田くんの代わりに当番を手伝ってくれたことま。ありがとう」
芽愛莉は遠野に笑顔でお礼を言う。
その笑顔に遠野は一瞬赤くなる。
圭介「いまさら惚れても遅いから」
圭介の言葉に遠野はビクッと震える。
芽愛莉「な、何言ってるの。篁くん⁉」
圭介「山下、帰ろう」
圭介は芽愛莉に手を差し伸べる。
芽愛莉は遠野を気にしながらも、圭介の手を取った。
芽愛莉「ま、またね。遠野くん」
振り向いて遠野に声をかける芽愛莉。
遠野「うん。また」
遠野は去っていくふたりの背中を見ながらぽつり。
遠野「噂って本当あてにならないな。女嫌いで有名な篁くんがあんな顔をするんだから」
最後に芽愛莉の笑顔に目を奪われた遠野を牽制するような表情で見ていたときの圭介のシーン。