メアリー様の初恋事情
4話


◯学校・教室(休み時間)

2月上旬。

バレンタインを間近に控え、女子はチョコの話で盛り上がり男子はどこか浮足立っていた。

芽愛莉が教室を歩いていると同じクラスの女子が手から本を滑らせた。

芽愛莉は落ちた本を拾い、開いていたページに目が釘付けになった。

芽愛莉(バレンタイン特集……)

女子生徒C「メアリー様?」

女子生徒Cの前には女子生徒Dがイスを反対に向けてCと会話をしやすいように座っている。

芽愛莉「あ、ご、ごめん」


芽愛莉は拾った本のほこりを払い女子生徒Cに返す。


女子生徒C「もしかして、メアリー様は篁くんに?」

芽愛莉「えっ……」

圭介の名前が出て、頬を赤くする芽愛莉。

女子生徒D「へ、変なこと聞いてごめんね」

芽愛莉「う、ううん。私こそごめんね」

自分の席に戻る途中、机にぶつかる芽愛莉。

女子生徒C「メアリー様ってもしかして」

女子生徒D「めちゃくちゃピュア?」

芽愛莉と圭介が付き合い始めてから、芽愛莉の男関係の噂は落ち着いていた。

今では校内公認カップルとなった芽愛莉と圭介。


◯学校・廊下(放課後)

外廊下の掃き掃除をしてる芽愛莉と舞。

芽愛莉「ねぇ、舞。私って篁くんにチョコ渡してもいいのかな?」


舞「いいんじゃないの? 彼女なんだし」

芽愛莉「ちなみに舞は柳瀬くんに……」

舞「え? 渡さないよ」

芽愛莉(そっか。舞は渡さないのか)

掃除を続けていると、隣のクラスの教室から女子生徒の会話が聞こえてきた。

女子生徒E「今年のバレンタインどうする?」

女子生徒F「もちろん千隼に渡すよ」

女子生徒G「私も千隼には用意するけど、ワンチャン篁くんにも渡せないかなーって」

女子生徒E「千隼はまだしも、篁くんは受け取らないでしょ。調理実習のお菓子もいらないって断ってたらしいし」

女子生徒F「それに今、メアリー様と付き合ってるんでしょ? 彼女がいるなら受け取らないって」

女子生徒G「せっかく甘いものが苦手な篁くん用のレシピ考えたのにー」

女子生徒E「篁くんは諦めて、千隼に渡すチョコ考えようよ」

女子生徒F「え、早苗も千隼にチョコ渡すの? 彼氏いるじゃん」

女子生徒E「千隼は別枠」

女子生徒E・G「「なにそれー」」


ちりとりを持ち、屈んでいた芽愛莉が顔をあげて舞に尋ねる。

芽愛莉「篁くんって甘いもの苦手なの?」


舞「私が知るわけないじゃん」

芽愛莉「そう……だよね」

芽愛莉(篁くんにチョコを渡そうと思ったけど、甘いもの苦手なんだ……。ビターチョコで何か作る? そもそも、私の料理の腕じゃあ作るよりも買ったほうが)


頭の中であれこれ考える芽愛莉。

舞「チョコ。作るなら手伝うよ」

芽愛莉「え?」

舞「どうせ、ひとりで悩んでるんでしょ」

芽愛莉「舞……ありがとう!」

芽愛莉(それからバレンタインまでの1週間。舞は私のお菓子作りに付き合ってくれた)



◯学校近くの歩道(朝)バレンタイン当日

あっという間にバレンタイン当日を迎えた。

芽愛莉と舞は一緒に登校している。
芽愛莉と圭介は毎週、水曜日に一緒に登校。


芽愛莉(篁くんへの手作りチョコはどうにか完成したけど、無事に渡せるかな……)

舞とチョコを作ったり、ラッピングを選んだりしている芽愛莉のこれまでの様子。

芽愛莉は今まで友チョコ交換の経験しかない。

舞「もう緊張してるの?」

芽愛莉がソワソワしていることに気づいた舞。

芽愛莉「だって、男の子にチョコを渡したことなんてないし。……チョコを渡すって好きだって言ってるようなものでしょ⁉」

舞(チョコを渡すだけでは好きってことにはならないと思うけど……)

舞「篁に好意が伝わってもいいんじゃないの? 芽愛莉たちは付き合ってるんだし」

芽愛莉「でも、私たちは普通のカップルとは違うし」

舞(私からすればもうただのカップルにしか見えないんだけど、芽愛莉は恋愛経験ゼロで篁も何考えてるかよくわからないからなー。きっかけさえあればすぐ上手くいきそうなのに)


舞「それならなおさら自分の気持ちははっきりと伝えないと。ずっとこのままってわけにはいかないんだから」

芽愛莉(舞の言う通りだ。私たちの関係は永遠に続くものじゃない。怖くても私の今の気持ちを伝えないと先には進めない)

芽愛莉が前を歩くカップルを見つめる。

芽愛莉(皆、勇気を出したから好きな人と一緒にいられるんだ)


学校に到着。
正門付近には女子生徒がずらりと並んでいた。

芽愛莉「あれ何の集まりだろう?」

舞「さぁ?」

舞が首を傾げた直後、女子生徒から歓声があがる。

芽愛莉と舞が振り向くと、後ろから千隼が歩いてきた。

舞「あの集団ってもしかして……」

芽愛莉「柳瀬くんにチョコを渡したい女の子たち?」

芽愛莉の予想は当たっていて、千隼は一斉に囲まれる。


芽愛莉「柳瀬くんすごいね……」

教室に着くと、千隼の席にはチョコが山盛りになっていた。

千隼より数は少ないけれど、圭介の机にもチョコが置いてある。

遅れて複数のチョコを手に教室へと入ってくる圭介。

舞「え、チョコ受け取るんだ意外」

千隼「圭介」

千隼は空の紙袋を圭介に渡す。

圭介「悪いな。助かる」

圭介は持っていたチョコと机に置いてあったチョコを紙袋の中に入れると、教室に入ってきた担任に紙袋ごと渡した。

担任「な、なんだこれ?」

圭介「下駄箱と机にあったものです。受け取るつもりないんで」

担任「いや先生に渡されても……ああ、職員室に取りに来るようにしてもらうよ」

圭介の無言の圧に負けた担任は紙袋を受け取る。


舞「結局、返すんだ」

芽愛莉(私、篁くんがチョコを受け取らなかったことにホッとしてる。あのチョコを用意した子たちだって、私と同じ気持ちなはずなのに)

自分のモヤモヤした感情に複雑な気持ちを抱く芽愛莉。



◯学校・教室(お昼休み)

中庭で芽愛莉と圭介、舞の3人が昼食。

千隼は休み時間のたびに女子に呼び出されていていない。

舞「篁っていつもああやってチョコ返してるの?」

圭介「ああ。捨てるのは違うだろ」

舞「まぁね」

圭介「山下は……」

話の途中、チョコを抱えた千隼が廊下を通る。

舞は紙袋を持ち立ち上がって千隼のもとへと駆け寄った。

千隼「舞ちゃん、なになに? もしかして、俺へのチョ……」


持っていた紙袋を千隼へと押し付ける舞。

千隼「まじで……ってこれ、お弁当?」

紙袋の中にはお弁当箱。

舞「チョコばっか食べてたら栄養偏るわよ」

千隼「舞ちゃんの俺への気持ちはちゃんと受け取ったよ」

両手を胸に当てる千隼。

舞「そんなもん渡した覚えはない」

女子生徒の集団「あ、千隼いた!」

チョコを渡しにきた女子生徒の集団。

千隼「ごめん。今からお弁当食べるからまたあとで」

舞「別に今食べなくても」

千隼「いいから、いいから」

その後、千隼は舞のお弁当を終始上機嫌で食べた。


◯学校・教室(放課後)

芽愛莉(あ、あれ? もう放課後⁉)

芽愛莉はチョコを渡せないまま放課後に。

舞「芽愛莉。チョコ渡さなくていいの? 篁帰っちゃうよ」

芽愛莉「えっ」

教室から出る寸前の圭介を芽愛莉が大声で呼び止める。


芽愛莉「た、篁くん! 一緒に帰らない?」

圭介とクラスメイトが一斉に芽愛莉へと視線を向ける。

圭介「うん」

芽愛莉は圭介の返事にホッと胸を撫でおろす。

芽愛莉「じゃ、じゃあ先に帰るね、舞」

舞「はーい。頑張って」


◯公園近くの歩道

芽愛莉と圭介は無言で歩く。

芽愛莉(一緒に帰ることになったのはいいけどなんて言って渡そう。早くしないと駅に着いちゃう)


ソワソワする芽愛莉。



芽愛莉「あ、あの篁くん! お、お腹空いてない?」

篁「え?」


芽愛莉(変なこと言っちゃった……)

公園のベンチに座る芽愛莉と圭介。

芽愛莉「あの……これよかったらどうぞ」

お腹空いてない?と呼び止めたから、鞄の中にあったコンビニのおにぎりを渡す芽愛莉。

お昼に食べようと思っていたけど、バレンタインのことを考えていたから喉を通らなかった。

圭介「ありがとう」

圭介(おにぎり?)


芽愛莉「あとこれ……バレンタインのチョコ。ま、舞と一緒に作ったから食べられる味になってると思うんだけど」

不安そうな表情で箱に入ったチョコを手渡す芽愛莉。

圭介「なんでそっちがおまけみたいな出し方なの」

圭介は芽愛莉のチョコの渡し方に笑う。

芽愛莉「どう渡したらいいのかわからなくて」

圭介「付き合ってるんだから普通に渡してくれたらいいのに。正直、朝から期待してたんだけど」

少し拗ねたふうに言い、チョコを受け取る圭介。


芽愛莉(渡してもよかったんだ)

圭介「ありがとう。今、食べてもいい?」

芽愛莉「う、うん」

やっと安心した表情を見せる芽愛莉。

圭介はラッピングを丁寧に開けて、中にあったカラフルなボンボンショコラを一粒手にした。


圭介「いただきます」

チョコを口へと運ぶ圭介。

芽愛莉はドキドキしながらその様子を見守る。

芽愛莉(ど、どうだろう)

圭介「ん、美味しい」

芽愛莉「よかった」

肩の力が抜ける芽愛莉。


圭介(……バレンタインが憂鬱じゃなかったのは初めてだ)

芽愛莉の顔を盗み見て微笑む圭介。




◯学校の最寄り駅(夕方)

駅で別れようとした芽愛莉と圭介。

圭介「山下ちょっと待ってて」

芽愛莉「うん」

圭介はコインロッカーに何かを取りに行く。

背中に隠したまま歩いてきて、芽愛莉の前で小さなお花のブーケを出した。

圭介「これは俺から」

芽愛莉「え……?」

芽愛莉(今日はバレンタインで、女の子がチョコを渡す日じゃ……海外では違うんだっけ?)

頭の中がパニックになる芽愛莉。

圭介「付き合って1か月記念」

圭介の言葉に芽愛莉は目を見開いた。

芽愛莉(私と篁くんが付き合ってから1か月……)

芽愛莉「ご、ごめん。私、何も用意してなくて」

芽愛莉(こういうときってお祝いするものなんだ!)

圭介「山下はチョコくれたじゃん」

芽愛莉「それはバレンタインで……」

圭介「俺が山下の驚いた顔を見たかっただけだから、気にする必要ないよ」

圭介からブーケを受け取る芽愛莉。

芽愛莉「ありがとう。篁くん」


芽愛莉はブーケを見ながら、自分の現在の想いを伝えようと決心する。

芽愛莉「あ、あの篁くん」

圭介「ん?」

芽愛莉「前にカラオケで私が柳瀬くんに言ったその相手は篁くんじゃないと嫌だって言葉覚えてる?」

圭介「うん」

芽愛莉「あれは噂を否定するために付き合う相手って意味じゃなくて、恋がしたいってほうで……。私は篁くんと恋がしたい。と思ってます」

最後のほうで小声になる芽愛莉。

圭介(これってほぼ告白だよな? だけど、山下のことだからそこまで深くは考えてないんだろうな)

圭介「俺も。山下のことをもっと知りたいし、一緒にいたいと思う」

芽愛莉が驚いたような表情を見せる。

圭介「恋をするなら俺にしてほしい」

芽愛莉の目がうるうるする。

圭介「これからも、よろしく。山下」





< 4 / 5 >

この作品をシェア

pagetop