メアリー様の初恋事情
5話
◯学校・廊下
3月上旬。
芽愛莉と圭介の交際は順調に続いていた。
お昼休みに廊下を歩いていた芽愛莉と圭介、舞、千隼の4人。
前を歩く千隼と舞はいつものように言い合いをしている。
圭介「山下。ホワイトデーのお返しのことなんだけど」
芽愛莉「うん」
圭介「どこか行きたいところとか、やりたいことってある?」
芽愛莉(行きたいところ……やりたいこと)
圭介と遊園地に行ったり、水族館に行ったりする様子を思い浮かべる芽愛莉。
芽愛莉(でも、お返しってことは篁くんが連れていってくれるってことだよね?)
芽愛莉「前に話してた一緒に料理をするっていうのはどうかな?」
芽愛莉(それならあまりお金もかからないし)
圭介「俺はいいけど、いいの? もっと野いちごランドとかあるじゃん」
野いちご【大型テーマパーク】
芽愛莉「野いちごランドは……その」
圭介「ん?」
芽愛莉「正式に付き合うことになってから行きたい場所で」
芽愛莉は小さな頃から好きな人とデートで野いちごランドに行くのが夢だった。
圭介(今も付き合ってるけど、そういうことじゃないんだろうな)
圭介「わかった。野いちごランドはまた今度にして、うちで料理するか」
芽愛莉「た、篁くんのおうちで?」
圭介「俺の家なら日中は親もいないし。時間とかはまた連絡する」
芽愛莉(それってふたりきりってことだよね⁉ もしかして、私大胆なこと言っちゃった?)
芽愛莉「わ、わかった」
前を歩く舞と千隼は芽愛莉たちの会話を聞いていた。
千隼「圭介、自分が野いちごランドに連れていく気まんまんじゃん」
舞「逆にどうなれば正式に付き合うの。あのふたりは?」
千隼「どっちかが告白しないと無理でしょ」
舞「恋しましょうって、もう告白じゃないの?」
千隼「告白だよねー。圭介も芽愛莉ちゃんもまだ踏み出せない一歩があるんじゃない?」
舞「見てるこっちがむずむずする」
千隼「恋愛って難しいよね」
意味深な笑顔を浮かべる千隼。
◯マンション・圭介の家の前(お昼前)
芽愛莉(ホワイトデー当日。今日は篁くんのおうちで料理を教えてもらいます)
動きやすい格好を心がけて、パンツとトップスに軽めのアウター。
髪はポニーテールに。
芽愛莉がインターホンを鳴らすと圭介が出てくる。
圭介「おはよ」
グレーのセットアップ、無造作ヘアで芽愛莉を迎える圭介。
芽愛莉「お、おはよう」
芽愛莉(オフの篁くんってこんな感じなんだ。プライベートの篁くんもかっこよくてドキドキする)
家に入る前から心拍数が上る芽愛莉。
圭介「入って」
芽愛莉「おじゃまします」
圭介の家は3LDKで家具はモノトーンで統一さている。
圭介「道、迷わなかった?」
廊下を歩く芽愛莉と圭介。
芽愛莉「うん。あ、そうだこれ。ご家族と一緒にどうぞ」
手土産を渡す芽愛莉。
圭介「気を遣わなくてよかったのに。ありがとう。適当に座ってて」
芽愛莉(て、適当に……)
どこに座ればよいのか迷い、リビングの隅に腰を下ろす芽愛莉。
手土産の焼き菓子をテーブルに置きながら芽愛莉を見つめる圭介。
圭介(山下がうちにいるって変な感じだな)
芽愛莉が圭介に視線を向け目が合う。
圭介は内心浮かれていることに気づかれたくなくて、平静を装った。
圭介「先に食材買いに行く?」
芽愛莉「そうしよっか」
◯圭介の家・玄関
靴を履きながら会話する芽愛莉と圭介。
圭介「ここから歩いて5分のスーパーでいい?」
芽愛莉「うん。この辺のスーパー行ったことがないから楽しみ」
鍵を閉めて、芽愛莉に手を差し出す圭介。
圭介「繋いでく?」
芽愛莉「うん……!」
芽愛莉(もう、お返しをもらった気分)
手を繋ぎ、スーパーへと向かった芽愛莉と圭介。
初めてのスーパーで目移りする芽愛莉を微笑ましそうに見つめる圭介。
食材を選び、帰宅。
メニューはパスタとスープとサラダ。
芽愛莉は野菜を切る係。
圭介に切り方や大きさを確認してもらいながら進める。
料理を教えてもらいながら、味見をして距離を縮める芽愛莉と圭介。
圭介「キッチンペーパー取ってもらってもいい?」
キッチンペーパーがなくなり、芽愛莉に替えを頼む圭介。
芽愛莉「うん」
芽愛莉(キッチンペーパー、キッチンペーパー)
キッチンペーパーは棚の上にあり、背伸びをして取ろうとする芽愛莉。
圭介は上の棚にしまっていたことに気づき振り返り、芽愛莉の背後からキッチンペーパーを手に取った。
圭介「悪い。上にしまってたの忘れてた」
芽愛莉は背中に感じる圭介の熱にドキドキする。
芽愛莉「う、ううん」
芽愛莉(なんだろう。篁くんのおうちにいるからかな? 距離が近いといつも以上にドキドキする)
料理が完成、テーブルに並べる。
向かい合わせで座る芽愛莉と圭介。
芽愛莉・圭介「「いただきます」」
芽愛莉がパスタを口にして感動する。
芽愛莉「お、美味しい。お店で食べるやつみたい」
目を輝かせる芽愛莉を優しく見つめる圭介。
圭介「大げさだな」
芽愛莉「大げさじゃないよ。篁くんも食べてみて」
圭介がパスタを食べる。
圭介「……確かに美味しい」
芽愛莉「ね? 美味しいでしょ」
圭介(いつもと同じ材料、同じ手順で作ったはずなのに……。山下と一緒に作ったからかな)
芽愛莉「サラダとスープも美味しい! 篁くん天才だね⁉」
芽愛莉の反応に笑う圭介。
芽愛莉(あ、食い意地張ってたかな?)
かぁぁっと赤くなる芽愛莉。
圭介「また一緒に料理する?」
芽愛莉「う、うん。また教えてほしい」
食後は芽愛莉がお皿を洗い、圭介がふく。
リビングで一緒に映画を見てあっという間に夕方。
圭介「そうだ。これ」
圭介は近くの棚に置いてあった紙袋を芽愛莉に渡す。
芽愛莉は首を傾げる。
圭介「バレンタインのお返し」
芽愛莉「お返しならもうもらったよ?」
芽愛莉(一緒に料理しようって話だったよね)
圭介「あれじゃあ、お返しにならないだろ」
圭介(俺も楽しい時間だったし)
芽愛莉「バレンタインのときも1か月記念でブーケをもらったのに……」
圭介「ホワイトデーは別だから受け取って」
芽愛莉は申し訳なさそうに紙袋を受け取る。
芽愛莉「……見てもいい?」
圭介「うん」
紙袋には瓶が入っていた。
中身はカラフルな金平糖。
芽愛莉「か、かわいい」
圭介「色々迷ったんだけど、ホワイトデーのお返しって意味があるらしくてさ」
芽愛莉「意味?」
芽愛莉(知らなかった。ホワイトデーってキャンディやマシュマロのイメージがあったけど、それにも意味があったのかな? それじゃあ、金平糖の意味って?)
圭介「底を見てみて」
芽愛莉は瓶を持ち上げて底を見る。
瓶の底にはカードが入っていて『あなたのことが好き』と書かれていた。
圭介「金平糖って溶けにくくて長い時間楽しめるから、そういう意味があるんだって」
芽愛莉「へ……?」
芽愛莉の手から瓶が滑り落ちかける。
芽愛莉(あ、危ない。落としちゃうところだった)
芽愛莉「あ、合ってる?」
圭介「え?」
芽愛莉「お、送る相手私で合ってるのかな?」
芽愛莉の目に涙が浮かぶ。
圭介「合ってるよ。俺が好きになったのは、何かと噂が絶えないメアリー様。本当はただ恋に憧れて、すぐ顔を真っ赤にして、涙もろくて。山下芽愛莉っていう不器用な女の子」
芽愛莉の涙からツーと涙がこぼれる。
芽愛莉(ずっと、ずっと憧れていた、恋に)
芽愛莉(私の言葉を信じてくれる人。メアリー様じゃない私を好きだと言ってくれる人なんていないと思っていた。だけど、ここにいた。篁くんは私自身を見てくれていた)
芽愛莉「だ、だけど、どうして篁くんが私を、」
圭介「恋愛なんかクソだって思ってた俺の価値観を山下が変えてくれたんだ。ただ純粋に恋に焦がれる山下に惹かれて、一緒にいるうちに山下となら恋愛も悪くないんじゃないかって思えた」
芽愛莉「そ、そんなふうに言ってくれるの篁くんだけだよ」
圭介「愛想がないとか冷たいってよく言われる俺を優しいなんて言ってくれるのも山下だけだよ」
圭介が芽愛莉の頬に優しく触れる。
圭介「これからは互いに恋をし合うんじゃなくて、一緒に恋をしたいと思うんだけど。山下はどう思う?」
芽愛莉「私もしたい。篁くんと一緒に恋をしたい」
圭介が芽愛莉を抱きしめる。
圭介「……恋をするって幸せなことだったんだな」
芽愛莉は圭介の背中にそっと腕を回した。
芽愛莉(このときの私はまだ知らなかった)
芽愛莉(篁くんを苦しめた彼女の存在を。この先、ふつの大きな再会が待ち受けていることを──)