まぶしいほど、まっすぐ!

第八話

〇学校 職員室内 (昼休み)

 担任の雅は椅子に座り、その向かいには肩を落とす珠李。

雅 「何かあったのか?」
珠李「い、いえ……」
雅 「クラスの連中と放課後に勉強してるから、安心してたんだけどな」
  「まあ。勉強の方は心配してなかったんだが、この成績を見るとなぁ」
  「ひょっとして夢奈、クラスの誰かとモメてんのか?」
珠李「モ、モメてません!」
  「み、みんな優しくしてくれてます!」
雅 「優しいか──」
  「今更なんだが、櫻花(おうか)大学推薦の条件知ってるな」
珠李「は、はい……」

 珠李は暗く沈んだ表情。雅は心配顔。


〇学校の廊下 (昼休み)

 購買部で買ったパンを手に、教室に戻る春風。

雅 「よう、春風」
春風「あれ? シュンちゃんもパンすか」
  「ついに奥さんから愛想を尽かされたっすか」
雅 「先生な」
  「そして妻の俺への愛情をナメるなよ」

 パンダ柄のランチクロスに包んだ弁当箱を掲げる。

春風「(苦笑い)なんすか。愛妻弁当を見せびらかしに来たんすか」
雅 「まあな」
  「春風」
春風「はい?」
雅 「(真剣な表情で)ちょっと(つら)貸せや」


〇屋上へ行く階段の踊り場 (昼休み)

 階段に腰を下ろす春風と教師の雅。
 弁当を広げる。色とりどりのオカズが並ぶ。

雅 「うまそうだろ? やらないぞ」
春風「(呆れ笑いをして)いらないっすよ」
  「で、何か俺に話っすか」
  「言っときますけど、考えは変わりませんよ」
  「(真剣な表情で)これは俺の夢でもありますけど」
  「ヒメ姉の夢なんで」

 雅は渋い表情でこめかみかく。

雅 「今日はその件じゃないんだ」
  「実はな」
  「(真顔になる)お前に聞いときたいことがあってな」
春風「なんすか、急に改まって」
雅 「夢奈と付き合ってのか?」

 春風はかじりついていたパンを吹き出してむせ返る。

春風「な、なんすか! 藪から棒に!」
雅 「そうか。付き合ってんのか」
春風「つ、付き合ってないっすよ!」
雅 「テレるなよ」
春風「シュンちゃんが変なこと言うから……」
雅 「いつも冷静なお前が取り乱すってことは」
  「少なくとも、気になる存在ではあるんだろ?」
春風「(顔を赤らめ)ま、まあ……」
雅 「で、その様子だと告白はまだってわけだ」
春風「なんなんすか! 俺をからかうためにここへ連れてきたのかよ!」
雅 「アオハルしてる教え子をからかうほど、教師はヒマじゃないんだよ」
  「ただな、思ってたより事態は厄介だなって思ってな」
春風「何すか、厄介って」
雅 「夢奈のことだよ」
  「一年の時は常に十位以内だった成績が、今回は四十一位だったんだ」
春風「十分すげえと思いますけど」
雅 「ただな、夢奈の夢を叶えるにはちょっと心配なんだよ」
春風「妃皇歌劇団の衣装部で働くことってヤツっすか?」
雅 「さすが彼氏。聞いてたか」
春風「だから付き合ってねえって!」
雅 「とにかくだ、妃皇歌劇団に就職するには櫻花大学に行かなきゃならんのだが」
  「櫻花の推薦の条件が、充実し、品位ある学生生活を来ること」
  「それから三年間学年順位が五十番以内なんだよ」
春風「え?」
  「恋にうつつをぬかしてて、勉強が疎かになったのかと思ってたんだが」
  「お前らはそんな段階とは程遠いみたいだからな」
  「それにイジメられてるわけでもなさそうだし」
  「となると夢奈が勉強に集中できない理由となると──」

 雅は弁当に視線を落とす。

雅 「夢奈は真面目だからな」
  「真面目ってのは長所だが、往々にして裏目に出がちなんだよな」
  「何もかも自分でやろうとしちまう」
  「人に頼れなんだ。自分に与えれ役割だからってな」
  「しかも厄介なのは、とっくにキャパオーバーになってることに、本人が気が付かないことだ」
  「何だったら遣り甲斐に感じてしまうことがある。で、気が付いたら手遅れになってるなんてことも少なくない」
  「夢奈のところは母子家庭でな。お袋さんは学費を稼ぐために朝から晩まで働てる」
  「だから家のことは夢奈が全部やってるんだよ」
  「あっ、これ個人情報だから内緒な。お前だから話てることだからな」
  「で、夢奈が勉強に集中できない理由が恋愛でも人間関係でもないとなると」
  「家族に何かあったと考えるしかないんだが──」
春風「俺のせいだ……」
雅 「ん?」
春風「夢奈にいろんなこと頼んじゃったんです」
  「母親の服を作ってくれとか、勉強を教えてくれとか」
  「俺のせいだ……」


〇学校の廊下 月組の教室前 (昼休み)

 春風と雅は廊下を歩く。
 教室の前には保険の先生、輝月倫(きづきりん)がいる。

雅 「あれ? 輝月先生、どうしたんです?」
輝月「ああ、雅先生、探してたんだぞ」
雅 「でしたら校内放送で呼び出してくれたら良かったのに」
輝月「まあ、結果的にたいしたことじゃなかったんで」
  「大騒ぎするのもどうかと思ってな」
雅 「何です?」
輝月「(声を落として)実は月組の夢奈が倒れてな」
  「今、保健室で寝かせてるんだ」

 春風が保健室に向かって走り出す。


〇保健室 (昼休み)

 春風は勢い良くドアを開ける。

春風「夢奈!」

 夏帆が口に人差し指を当てる。

夏帆「シーッ! 静かにしろよ!」
春風「夢奈が倒れたって!?」

 ベッドに駆け寄る春風。
 夢奈が目を閉じて横たわっている。

春風「だ、大丈夫なのか!?」
夏帆「ああ。単なる寝──」

 しばらく考える夏帆。

春風「な、何だよ。夢奈の容体は!?」
夏帆「かなりヒドイみたいだ」
春風「そ、そんな……」
夏帆「アタシは輝月先生呼んで来るからさ」

 夏帆はニヤリと唇の端を持ち上げて保健室を出る。
 ベッド脇にある椅子に座りうなだれる春風。
 珠李の顔を見つめる。

春風「ごめんな……」
珠李「う、うう~ん……」
春風「夢奈! 苦しいのか! 今、大瀬が先生を呼びに行って──」
珠李「だ、だから……ムニャ、靴下は裏返しで入れちゃダメって……ムニャ」
雅 「夢奈?」

 おもむろに目を開ける珠李。
 そして体を起こす。

珠李「お、お母さんごめん! ね、寝過ごしちゃった!」

 夢うつつ状態から覚醒する珠李。
 かたわらにいる春風を見て驚く。

珠李「は、春風くん!? ど、ど、どうしてここに?」
春風「大丈夫なのか?」
珠李「う、うん……」
春風「良かったぁ」

 春風は頭を下げる。

春風「ごめん。俺のせいだ」
珠李「え?」
春風「お袋の誕生日が来月って言うのは嘘なんだ」


〇保健室の外 (昼休み)

 ドアの前に立って顔の前で手を合わせる夏帆。
 憮然とする輝月。

輝月「大瀬。いい度胸じゃないか。私にケンカ売るとはな」
  「すぐにそこをどけ」
夏帆「先生、どうかもう少しだけ、二人にさせてください」
  「今いいところなんです」
輝月「いいところ?」


〇再び保健室内 (昼休み)

 ベッドの上の珠李は困惑。
 春風は頭を下げている。

珠李「ど、どういうこと?」
春風「お袋の本当の誕生日までは」
  「まだ半年くらいあるんだ」
珠李「そ、そうなんだ……」
春風「だから夢奈が倒れたのは──」
珠李「良かったぁ」
春風「え?」
珠李「じゃ、じゃあ、ステッチをもっと、こ、細かくできるね」
  「そ、それから、あ、後加工も、凝ったものにして──」
春風「なんでだよ」
珠李「な、何が?」
春風「嘘つかれたんだから、怒るところだろ」
珠李「そ、そうなの?」
春風「そうなのって……」

 キョトンとする珠李。彼女を見て、愛おしく思う春風。

珠李「は、春風くんは、ど、どうして」
  「お母さんの誕生日が一カ月後って、い、言ったの?」
春風「それは──」
  「(頬を赤らめて)夢奈と話す口実が欲しかったんだよ」
  「タッパーをすぐに返さなくていいって言ったのも」
  「勉強教えてくれって言ったのも、全部夢奈と話したかったんだよ」

 クスクスと笑う珠李。

珠李「お、同じクラスなんだから」
  「い、いつでもお話できるのに」

 驚いたような表情の春風。やがて優しい笑顔に変わる。

春風「だな。いつでも話していいんだよな」
珠李「そ、そうだよ」
春風「それにしてもホッとしたよ」
  「夢奈が倒れたって聞いたから、慌てて走って来たんだ」
珠李「わ、私のこと、心配してくれてたの?」
春風「そりゃそうさ。大瀬はかなり深刻って言ってたから」
  「もしも夢奈に何かあったら俺は──」

 昼休憩が終わるチャイム。
 保健室のドアが開け放たれる。
 輝月が入って来る。

輝月「心配無用だ。単なる寝不足だからな」
春風「寝不足!?」
輝月「弁当を食って血糖値が上がったんだろう」
  「大瀬の話じゃ、気絶するように机に突っ伏したそうだ」
  「というわけだから春風。お前は教室に戻れ」
  「夢奈は念のため、下校時間までここで様子を見る」
春風「輝月先生」
輝月「なんだ」
春風「どうか、夢奈のことよろしくお願いします」
輝月「お前に言われなくとも、生徒の健康を管理するのが私の仕事だ」
  「さっさと授業に戻れ」

 春風はチラリと夢奈を見やると、深々と頭を下げて保健室を出て行く。
 ドアが閉められると、輝月は夢奈の方を向く。

輝月「お前ら、付き合ってんのか?」
珠李「そ、そ、そ、そんなんじゃありません!」
輝月「ふーん」
  「まあ、生徒の色恋に口出すつもりはないがな」
  「夢奈」
珠李「は、はい……」
輝月「人生はな、欲張りなくらいでちょうどいいんだ」
  「もしも好きかどうか判断できないんなら、とりあえず今は『好き』ってことで段取りしてればいい」
  「後でコイツは違うなって思ったら、他に行けばいいんだからな」
珠李「は、はあ……」

 輝月は珠李に背中を向け、仕事を始める。

輝月(ちょっと野暮だったか)
  (クソ、私も歳取った証拠だな)
  (でもな──)

 チラリと珠李を見やる輝月。
 珠李は春風が出て行ったドアを見つめている。

輝月(コイツら、苦労しそうなんだよな……)
  (だからつい余計なことを──って、イカンイカン!)
  (例え辛い別れが待っていたとしても、若い奴らにはそれも経験なんだからな)
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