イケメン少女と子犬王子
「……って、何を言っているんだろうな、私は」

 尚が何でも話せるような柔らかい雰囲気を纏っているせいで、余計なことを口走ってしまった。
 見れば、尚は顔を曇らせている。
 たちまち、恥ずかしくなった。
(私は何をしているんだ。年下の男子を困らせてしまった。湖城あやめにあるまじき大失態だ)

「いや、すまない、忘れてくれ。やはり私に可憐な乙女は似合わないよな」
 あははと笑って手を振り、それで終わりにしようとしたが。

「そんなことありませんよ。不愉快な思いをさせてしまってすみませんでした。そうですよね、先輩は女性なんですから、イケメンと言われたって嬉しくないですよね。もう二度と言いません」
 尚は長いまつ毛を伏せ、本当に申し訳なさそうな顔をした。

「いやいや、本当に気にしないでくれ! 決して不愉快というわけではないんだ、誰だって『イケてる』と褒められて悪い気はしないだろう!? 先輩後輩問わず頼られるのは嬉しかったし、感謝される度に自分を誇らしく思えたしな! ただ、ただちょっと、たまには女性扱いされてみたいなーと思っただけで……ああもう何を言っているんだろうな私は! こんなこと言われたって困るよな! すまない! うん、もうこの話は止めよ――」
「先輩」
 尚は落ち着いた口調であやめの言葉を遮った。

「う、うん? なんだ?」
「誰かに女性扱いされたいと思われるんでしたら。ぼくがそうしたら駄目でしょうか?」
 尚はまっすぐにあやめを見つめ、自分の胸に手を当てた。

「え?」
「さっき先輩は『可憐な乙女は似合わない』と言っていましたけど。本当に、そんなことはありません。というか、そうなりたいと思われている時点で、既に可憐な乙女だと思いますよ?」
「…………え」
 思わぬ言葉の連続に固まっていると、尚は微笑んだ。

「いままでは格好良い面しか知りませんでしたけど、先輩はすごく可愛い人なんですね。無理に自分を変えようとしなくても良いんじゃないでしょうか。いまのままで十分に魅力的なんですから」
「……な……な、な、な!」
 あやめは真っ赤になって震えた。

(なんだ今日は。なんだこの子は)
 いままで無縁だったはずの異性とのそれっぽい交流に、身もだえしたくなるほどの褒め言葉。

(なんなんだ! 私はどうすればいいんだ!!)
 美しい。可憐な乙女。可愛い女の子――私が?

(ああああああああ無理いいいい!!)

「か――軽々しく人を褒めるものではない!!」

 あやめは混乱のあまりちょっぴり涙目になり、怒鳴るように言った。

「大声を出せば別室にいる美春に聞こえるかもしれない」という考えは頭から吹き飛んでいる。
 というより、そんなことを考える余裕などなかった。

 尚は単純にびっくりしているらしく、きょとんとした顔でこちらを見ている。

「100%善意による言葉なのかもしれないが、それは私にとって、いいや、大半の女子にとって口説き文句だぞ!? 勘違いしたらどうするんだ!?」
「勘違いされても良いですけども」
 尚は動じない。

「はあ!? さっきからなんだと言うんだ、私を女性扱いしたいとか可愛いとか! 君は私に気があるとでも言いたいのか!?」
「はい」
「何を馬鹿な……馬鹿……な……」
 台詞の途中で滑り込んできた尚の肯定の言葉を受けて、あやめはだんだんと声の速度を落とし、手を下ろした。
 ゆだっていた脳が徐々に冷却されていくと同時に、尚の言葉の意味を反芻し、理解しようと働き始める。

「………………気がある、というのは、好意があるという意味で合っているだろうか?」
 都合の良い勘違いを防ぐべく、大真面目に尋ねる。

「はい」
「…………。好意があるというのは、万人に対する『好き』ではなく、異性に対する特別な『好き』で間違いないな?」
「はい」
 念入りに確認するあやめの真顔が面白かったらしく、尚はおかしそうに笑った。
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